前回投稿のリスク・マネジメントにおいて、市場のポートフォリオを考える重要性を指摘した。

このポートフォリオを可視化して検討しやすくする手法は、かつてボストン・コンサルティングがボストン・マトリックスとして発表している。

このボストン・マトリックスは、プロダクト・ライフサイクル(増減率)と、市場での競争力(シェア)、獲得規模の3つを1つの図に落とし込んだものであり、マーケティングの教科書で掲載されることの多いフレームワークとなっている。

もともとプロダクト、つまり、モノを対象としたものではあるが、そのベースとなっているプロダクト・ライフサイクルは、ツーリズムエリア・ライフサイクルとして観光地への適用も進められており、ここで提示されているプロダクト・ポートフォリオ・マネジメント(以下、PPM)の手法は、観光分野においても利用できると考えられる。

では、このPPMで何が出来るのか。
PPMでは、縦軸に増減率、横軸に市場でのシェア、そして、円グラフの大きさで獲得規模を示す。

具体的に、ハワイ州を対象に展開をしてみよう。
これを見ると、円の大きさから、ハワイ州は観光客数の主体は米国本土、ついで、日本。その後、AUSや韓国、中国が続いていることがわかる。
ただ、縦軸に注目すると、市場の成長率は米国本土や日本は低迷しており、韓国や中国は成長中である。他方、横軸に注目すると、米国本土でのシェアは低いが、日本はかなりの高シェアであることがわかる。

ハワイ州のPPM(UNWTO資料などから筆者作成)

この分析をみると、「最大市場である米国本土は同じく成長率は低いがシェアは低く、シェア拡大の余地はある。他方、日本市場は市場自体が停滞気味であり、かつ、かなり高率のシェアを獲得しているため、安定はしているが、今後の増大は見込み難い。成長率の高い韓国や中国を着実に獲得していくことで、将来的な日本市場の補完が可能になる…」といった分析が可能となる。

また、例えば、「国際関係リスク」が生じた場合、当該国市場の低下はどの程度起きるのか、それは全体にどれくらい影響するするのか、それを補完できるのはどこの市場なのか、といったことを検討することができる。

このようにボストン・マトリックスは、一つの図で、相対的に多様な市場セグメントの状況を比較できるというすぐれものである。

ただ、フレームワークであるため、細かい部分は、分析者自身が適切と思われる数値をセットする必要がある。例えば、増減率は対前年とするのか、過去数年分とするのかというのは分析者の自由であるし、シェアも、何を分母としたシェアにするのかは自由である。また、獲得規模についても、売上高ベース、利益ベース、または、利用人数ベースなのかも自由である。

今回の分析では、増減率は「過去5年間のデータを利用した1年単位推移」、シェアは「ハワイ州の着地人数÷各国の海外旅行者数(米国本土は国内旅行者数) の5年平均」、獲得規模は「着地人数の5年平均」で図を作っているが、この設定を変更すれば、図は大きく変わってくる。
例えば、短期的な動向が見たいのであれば対象期間を短くすることになるし、消費額に注目するのであれば人数ではなく消費額で見ることになる。

つまり、分析者が、どういったことに課題感を持っているのかという事が重要となる。フレームワークに入れれば「答えが出る」わけではなく、分析者の能力しだいだということは理解しておきたい。

さらに、分析をしたくても、データが無ければ分析自体が出来ないという問題も抱えている。

例えば、同じような分析を沖縄県において行おうとすると、入域者の国籍が「ザクっとした」ものであるため、PPMも大雑把なものとなる。

沖縄県のPPM(沖縄県およびUNWTOデータより筆者作成)

以前に比べて、観光系データは多く揃うようになってきてはいるが、マーケティングや戦略立案系のフレームワークを活用することは、まだまだ難しい場合も少なくないのが実情である。

特に、自分の地域にどういった人が来ているのかということは、自分の地域で調査を行う以外に取得する手段はない。自地域の状況がわからなければ、将来に向けた対応策の検討も十分に行うことは出来ない。

自地域の統計データをしっかりと抑えることが、攻めるマーケティングにおいても、守るマーケティングにおいても重要となる。

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