ブランドは何で作られるのか

現在の商品サービスに対する持続的な競争力は、その商品サービスに対するブランド力で評価できるようになっている。
このブランド力を数値化する試みは各所で行われているが、私は、観光領域については「紹介意向」によって測定できると考えている。

なぜなら、紹介意向の高低が、中長期的な集客数に有意に相関することが確認されているためである。なお、中長期的な集客数と相関するとされている顧客満足や再来訪意向よりも、紹介意向は相関が高い。

紹介意向は、現地での経験(サービス)に対する評価や顧客満足が関係することが明らかとなっているが、更に影響するのは「事前の期待値」であることも、また、明らかになっている。

一般に「常識」として流通している知見として「事前の期待値を上回ることで、満足度は高まる(下回ると満足度は下がる)」というもの(ギャップ・モデル)がある。これは、もっともらしい理論であったため、各所に拡がったが、実は否定されている知見である。

変わって確認されている知見は「高い期待値をもったものほど、満足度は高まる(期待値が低いものは満足度も低くなる)」というものである。要は思い入れをもったものについては満足度は高くなるが、関心の低いものは満足度が低くなるということである。

その理由については割愛するが、ともかく、期待値->顧客満足->紹介意向->ブランド力という因果関係が存在する。すなわち、ブランド力を高めるには、そのスタートととなる期待値を高めることが必要なのである。

観光領域において「期待値を高める」ために何が有効か?と言えば、「その地域で何が出来るのか」ということを伝えることとなる。
2000年代頃から、「経験(Experience)」という言葉が様々な分野で多用されるようになった理由が、ここにある。

要は、地域の経験に対する期待値を、強くターゲットとなる顧客の心に打ち込むことが「観光地ブランディング」である。

ブランドを創る取り組み

それでは、観光地ブランディングを進めるには、どうしたら良いのか。
ここでは、観光地ブランドの形成に向けた取り組みが出来ているのかどうかを3つのチェックポイントで整理してみよう。

1.写真一枚で「経験」を表現できるか

経験を伝えるのに唯一無二の手段は、ターゲットの視覚情報に訴えることである。「百聞は一見にしかず」だからだ。

よって、観光地ブランディングの最も基本となるのは、地域の経験が、ビジュアルとして表現できることが必要となる。

もちろん、観光地のプロモーションにおいて、沢山の「写真」は使われてきているが、それが「経験」を示すものであるかどうかが重要となる。

例えば、よくあるポスターは、その地域の名所旧跡を捉えたものである。しかしながら、それでは「こういう景色が見える」ということしか伝わらない。

そこに行ったら、何が出来るのか、どんな気持ちになるのか、どんな時間が過ごせるのか、そういったことが伝わる「写真」であることが必要である。

さらに、散弾では、人々の心に打ち込むことは出来ない。ライフル弾のように強烈な一発で打ち込むことが必要である。
散弾が撃てる(効果がある)のは、既に確固たるブランド力を持っている一部地域である。

すなわち、写真一枚で「経験」が表現できることが求められる。
裏を返せば「うちにはいろいろな魅力があって…」では、ブランドは作れない。

つまり、写真一枚で表現できるということは、我が地域の「経験」とは何かということについて、端的な形で、地域で合意を得ているということを意味する
実のところ、この「地域での合意」こそが、本来の課題である。

2.経験を伝える「動画」があるか

写真一枚で表現出来るようになったら、より強く顧客に打ち込む手段である「動画」が必要となる。

1分間の動画は、文字や写真(静止画)だけのWEBページの3,600倍の情報量を持つとされるものだからだ。

ただし、この「動画」も、単純に地域の「良さ」を伝えるものでは、ブランディングにはつながらない。

これは、前項の「一枚写真」を取り込むということにとどまらない。

ブランディングに繋がるには、顧客に「顧客自身が地域で出来ること」を伝えるものである必要がある。

観光客の地域での滞在時間は数時間から数日でしか無い。動画で伝えるべきことは、その滞在期間内に経験できることに限定される。当然、「四季」を盛り込んだらおかしなことになるし、1日しかやっていない夏祭りを盛り込んでも意味はない。実際に、観光客自身が見ることの出来ない「ドローン映像」を多用するのも避けるべきだろう。

また、広域連携の場合によく見られるのは「◯◯市」とテロップがでて、自治体ごとに見どころが紹介されるパターン。これも顧客からすると意味不明である。

地域が見せたいものではなく、顧客が実際に経験できるものを、どれだけ魅力的に伝えることが出来るかがポイントとなる。

私が講演などでよく例示するのは、以下の動画である。
これは観光地のプロモーションビデオでは無いが、「旅したい」という思いを掻き立てるものになっている。

こうした動画を作るには、顧客(観光客)の立場に立って、実際の来訪において何が出来るのか、何が魅力的な経験になるのかを、きっちりと考え抜くことが求められることに加え、「誰が主役となるのか」ということが重要となる。

この十六茶のPVでは、若い外国人の女性2人組となっているが、観光地でのPVの場合には、その観光地のターゲットがビデオの主人公となることが求められる。

つまり、ターゲッティングがしっかりと出来ており、かつ、そのターゲットに提供する経験価値は何かということが規定されていなければ、経験を伝える「動画」は作れない。

なお、私は、このPVを形成するシナリオを「経験ストーリー」と呼んでいる。

3.自分たちで経験しているか

観光地ブランドは「経験」が創る。その経験は、DMO関係者などが頭で考えることでも設定ができる。

しかしながら、そうやって頭で考えただけで、観光客だけが行うようなものでは、ほとんど拡がりを見せない。

地元の人が殆ど入ったことがない温泉、走っている人のいないジョギングコース、人気の無い公園や展望施設、観光客しか味わうことのない郷土料理、地元の人も由緒を把握していない寺社などなど。地域の観光魅力として取り上げられながら、地元の人々はほとんど経験していない活動のオンパレードとなっている事例は枚挙にいとまがない。

観光客を惹きつけるには、特別な経験が必要となってきていることは間違いないが、それは、その地域の人々自身が楽しむようなものとなっていなければ、経験は厚みを持つことは出来ず、持続的な魅力を持つことは出来ない。
人々が楽しんで活動することで、地域ならではの文化が作られていくからだ。

地元の人が、誰もサーフィンをしていないハワイを想像してみれば、その意味はわかるだろう。

すなわち、「2」で創るPVが紡ぎ出す経験は、地元の人々にとっても憧れを持つような「過ごし方」であることが求められる。

そうして地元の人々が、自分達の地域での過ごし方、ライフスタイルについて誇りを持ち、新たなライフスタイルを創造していくことができれば、ベストである。

「経験」の伝播を確認するには

ブランディングの方向が定まり、発信して行った後、重要となるのは、伝えようとしている情報が、顧客に響いているか、伝わっているかを検証する。

この検証にはSNSを利用する。

グーグルのイメージ検索や、Youtubeを利用すれば、それぞれの地域において、どういった画像や動画情報をネット上に発信されているのかは、簡単にわかる。

例えば、沖縄県の北谷を例にすれば、以下のような感じ。

https://www.google.com/search?q=%E5%8C%97%E8%B0%B7&sxsrf=ACYBGNQx3wWBaaqcuN-H4zQj9SlLTQH9uA:1572222440819&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ved=0ahUKEwiD8N6A2b3lAhUFzmEKHbgTAMYQ_AUIEygC&biw=1839&bih=1301


https://www.youtube.com/results?search_query=%E5%8C%97%E8%B0%B7

さらに、Instagramを利用し、タグ検索を行えば、より個人のレベルにおいて、それぞれの地域がどのように「見えている」のかを把握することができる。

地域住民や観光客が投稿するこれらのビジュアルと、DMOなどが発信するビジュアルとが同じ方向性に乗っているのであれば、ブランディングが進んでいると考えることが出来る。

実は、ブランドには2つある。1つは、供給する側が設定するブランドであり、ブランド・コンセプトである。これに対し、需要側が認知しているブランドは、ブランド・イメージとなる。

両者のズレが少ないほど、供給側の想いが強く刺さった強いブランドと考えることが出来る。

ブランド・イメージは、必ずしも言語化出来るものでもないため、これまで、このズレを把握するのは、なかなか難しい作業であったが、近年はSNSが普及したことによって、顧客が漠然と感じていたブランド・イメージの把握が容易になったということになる。

こうしたツールを使いながら、ブランドを管理していくことも、また、重要である。

ブランディングの時間軸

以上整理してきたように、観光地ブランディングは、まず、第1に自地域が伝えるべき「経験」をシンプルに一枚の写真に落とし込むこと。次に、その経験を、観光客の現地滞在時間に対応できるように展開し(経験ストーリーを作り)、それを動画で示すこと。最後に、それらの経験を地域の住民自身が、実際に実施し、楽しむことで地域文化としての厚みを作っていくことにある。

そして、これらの取り組みを進めながら、観光客からみたブランド・イメージの形成状況を把握し、自らのブランド・コンセプトを修正したり、写真や動画の作り方や流通を工夫させたり、地域での盛り上げを行ったりしていくことになる。

いずれにしても、ブランドが浸透するのには、数年の時間軸が必要となる。

なぜなら、来訪経験のある観光客はもちろん、来訪経験のない潜在客や、また、地域住民の「心」の中に、地域と経験(ライフスタイル)を強烈に紐付けていくことがブランディングであるからだ。

単なるキャッチフレーズやログマークがブランドを創るのではない。関係者の「心」の中に創っていくものなのだということを意識し、中長期的な視点で取り組んでいくことが望まれる。

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