テレワークの台頭

インターネットの普及とスマホ、タブレットを主体としたモバイル機器の発達、そして、頭脳労働の拡大は「テレワーク」という就労形態を現出させてきている。

テレワークという概念自体は、1970年代の米国において生まれたものとされるが、それが現実的な就労形態に至るまで実に40年余りが必要だったということである。

このテレワーク。大きく、2つの系統がある。1つは、SOHOやノマドワーカー系統。もう1つは、在宅勤務やリモートオフィス、リゾートオフィス系統である。

前者はフリーランスなど個人事業者を主体とし、後者は「制度」を整えている企業の就業者を主体としている。我が国では、特に、近年、後者の動きが顕著に起きている。

この背景の一つには「働き方改革」があるが、それ以上に大きな流れは、ネット時代に対応したデジタル・ネイティブ世代が社会の中心となってきていることが指摘できる。

デジタル・ネイティブ世代は、物心がつく頃からデジタル機器に囲まれ、ネットがあることを当然のこととして育ってきた世代である。彼らは、その上の世代(デジタル・イミグラント)とは様々な点で異なる価値観を有しているが、最も大きな点はコミュニケーションに関わる部分だろう。

イミグラント世代では、人と人のコミュニケーションは「対面」や「電話」など同期性の高いツールが主体であったが、ネイティブ世代となると「メール」や「SNS」のように非・同期的なツールが主体となっている。

この非・同期的なコミュニケーションが主体となると、例えば、9時に職員が全員集まっていなければ行けない…という「当たり前」だった就業規則が、意味を無くしていくことになる。ここからフレックスタイム制や、裁量労働制といった定時(9時−17時)ではない「働き方」が広がることになる。

さらに、ネットとモバイル機器の発展は、時間だけでなく、場所についても自由度を高めることになる。

もう一つの流れは「知識経済」の進展である。経済の主体がモノからサービスに移るなかで、モノやサービスそのものだけでなく、それを生み出すノウハウや技術、知見、いわゆる知財が大きな意味を持ってくることになった。知財の創造は、保有設備や資金量といった組織規模に必ずしも依存しない。重要なことは、人材の個またはチームとしてのパフォーマンスとなる。

こうした経済構造の変化も、テレワークを推進することにつながっている。

我々の「時間」

このように、様々な流れがテレワークを本格的に普及させることにつながっているが、この動きは、観光地域に対しても、変化を及ぼすのではないかと私は考えている。

富裕層であろうと貧困層であろうと、全ての人に共通する有限な「資源」は、時間である。この時間は、その性格から以下のように区分される(社会生活基本調査による区分)。

  • 1次活動…睡眠,食事など生理的に必要な活動
  • 2次活動…仕事,家事など社会生活を営む上で義務的な性格の強い活動
  • 3次活動…余暇活動など

従来、観光が対象としていた時間は、24時間から、1次活動、2次活動を差し引いた「余った時間」であった。
統計によると、1次活動は、概ね10.4時間。2次活動は6.5時間で、3次活動は6時間強となっている。

一見すると、かなり3次活動の時間枠が多く感じるが、この6時間のうち、テレビ・ラジオ・新聞・雑誌及び休養・くつろぎといった「消極的な自由時間活動」が3.6時間を占めており、旅行などに利用可能な時間(積極的な自由時間活動)は1時間ちょっとしか無い。

これは年間を通じての1日平均であるから、実際には平日は2次活動時間を増やし、休日に3次活動時間を増やすということで旅行などの時間を「ひねり出している」ことになる。

さらに問題なのは、旅行の場合、延べの時間数だけではなく、連続した時間である必要があるということだ。日帰りの旅行であっても往復の移動を含めれば6時間以上、宿泊を伴う旅行であれば日単位での連続する時間確保が求められる。

祝日を月曜日に移すハッピーマンデーは、この「連続する時間」を作り出すための施策であったと考えられる。
年休取得の推進も同様に、「連続する時間」を作り出す効果があるが、まだまだ、その展開は未知数である。

生活拠点と職との分離

そうした中で、テレワークの普及は、固定的な時間軸に風穴を開けていく可能性がある。

なぜなら、テレワークは、これまでの人類の「常識」を根本から変えるインパクトを持つからだ。

原始狩猟時代から農業革命を経て産業革命以降、現在まで、人は「仕事がある場所」に生活の拠点を構えてきた。狩猟時代は、狩りの獲物にあわせて生活拠点を移動させていたし、農業革命以降は農地がある場所が生活拠点だった。そして、産業革命によって都市部に仕事ができることによって、多くの人が都市に生活拠点を移していった。

つまり、有史以来、人類にとって、生活拠点とは「職」がある場所だったわけだ。

しかしながら、テレワークというのは、基本的にネット環境さえあれば、就業する場所を選ばない。つまり、人類は、ネットの普及によって、はじめて、生活拠点と職とを分離することが可能となったわけである。

テレワークが普及し、日常的に実施されるようになると、企業にとって、その人材がどこで業務を行っているのかということは、関心の外に置かれることになる。どこで業務をしているか、何時間、働いているかではなく、アウトプットが出来ているかによって管理することになるからだ。

ようやく我々は、アルビン・トフラーが提唱した「情報革命」を現実のものと出来る時代へと突入してきている。

観光需要へのインパクト

これは、2次活動時間と3次活動時間の境界を曖昧なものとしていく。

例えば、心地の良いカフェで、景色や飲物を楽しみながらテレワークに取り組むのは、仕事でもあるが、同時に、リフレッシュの時間ともなり得る。これは表面上は2次活動時間だが、実質的には3次活動時間がスライス状に差し込まれた時間となるだろう。

こうした境界のない時間は、業務出張やプライベート旅行でも発生する。

例えば、出張先でスキマ時間や明示的に取得した年休を使って観光行動に充てたり(ブリージャー)、逆に、プレイベートでの旅行先において、一定時間をテレワークにて業務を行ったり(ワーケーション)といったことは、既に、顕在化してきている。

このことは、「業務出張」と「観光旅行」との境目が、極めて曖昧になっていく可能性を示している。

フリーランス系においては、さらに劇的な変化が予想できる。
フリーランスの場合、そもそも「出社」の義務がないため、生活拠点と職との関係が、もともと、サラリーマン以上に希薄だからだ。

それでも、従来はクライアントとのコミュニケーションのため、クライアントに近接した場所にいる必要があった。しかしながら、社会的にテレワークが普及していけば、クライアント企業においても、コミュニケーションの手段もオンラインへと拡がっていくことになる。いわゆるTV会議、スカイプ会議と呼ばれるものである。

そうなれば、フリーランスとしては、クライアントに近接している必要は無くなる。つまり、自分が住みたい場所に住めるわけだ。

これを地域の立場から考えれば、有為な人材を獲得できるチャンスとなる。

なぜなら、一般論として、サラリーマンよりも、自活できるフリーランスの方が、自立的な創造性、生産性は高く、地域へのポジティブな影響を期待できるからだ。これは、従来、企業移転(新規立地)や、大企業からの出向などしか選択肢の無かった人材確保策に、第3の選択肢を与えることになる。

「ライフスタイル」創造が重要な因子へ

業務出張と観光旅行(2次活動時間と3次活動時間)との境目が曖昧となり、更に、生活拠点と職との分離が進む世界では、交流人口による地域振興の考え方も大きく変わっていくことになるだろう。

2次活動時間と3次活動時間が、明確に区分されていた時代には、日常生活とは大きく異なる非日常(ノベルティ・シーキング)が、観光需要の大きな柱となっていた。しかしながら、テレワークの普及によって生活拠点と職との分離が進んでいくと、それまでは職の制約によって制限されていた生活拠点、日常生活そのもののレベルを上げようという意識が強まることになると考えられる。

そして、日常生活のレベルが上がれば、「職」のために、ストレスを抱えていたものを、観光旅行によって発散する必要性は薄れることになっていくだろう。

有史以来、人類は職に縛られていたので、「生活拠点と職の分離なんて…」と思われがちである。
実際、少なくても当面の間は、全てがオンライン化されるわけではないので、移動コストへの懸念は残る。
しかしながら、現在は、以下のようなサービスが複数展開されるようになっており、一気にブレークスルーしていく可能性は否定できない。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191029-00000503-san-bus_all

こうした「世界」において、地域の魅力は、その地域に生活する人々が営むライフスタイルとなっていくだろう。
魅力的なライフスタイルは、「テレワークで自活できる」自立性の高い人材をひきつけ、それは、居住やブリージャー/ワーケーションといった2次活動時間と3次活動時間の境界を曖昧とした需要を呼び込むことになるからだ。

もともと、魅力的なライフスタイルは、国際競争力をもったリゾート形成(=長期滞在需要が獲得できるリゾート)にとって重要な要素である。

さらに、地域住民が、実際に経験することで、文化が創られ、それが観光地ブランディングにも資すると考えられる。この考え方においても地域のライフスタイルは重要な意味を持つ。

とはいえ、ライフスタイルは、一朝一夕で創ることは出来ない。

地域においては、(短期的な観光地マーケティングなどの取り組みと並行して)10年程度の時間軸をおいて、ライフスタイルの創造に取り組んでいくことが期待される。

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