私は研究者でもあるし、コンサルタントでもある。

どちらも、ある特定の分野(私の場合は「観光」)について相対的に深い造詣を持つものだが、前者の存在理由は、事象をより正しく認識し、その構造を明らかとしていくことにあり、後者は、事態を改善すべきソリューションを立案することにある。

その「ソリューション」の立案だが、行政系と民間系では、大きな違いがある。

それは、当事者が保有する経営資源を制約条件として立案するか否かという違いである。

経営資源は、フレームワークとしてはヒト・モノ・カネ。近年は、これに知恵や情報、時間などが追加されることも多いが、いずれにしても、組織を動かすのにおいて必要となる要素である。

民間組織がソリューションを立案する場合、自身が持つ経営資源をその検討の前提に行う。例えば、従業員が5名しか居ない組織であれば、その5名(+α)で「出来ること」でなければ、ソリューションとはならないからだ。手持ちキャッシュが無い組織が、多額の投資を伴う計画を考えたり、それまでに知見の無い分野にむやみに飛び込んだりする提案をしても、意味は無い。

そのため、当該組織が、どれだけの経営資源を有しているのか、それは、どのように強化していくことが可能なのかということを見極めることが、非常に重要となる。それによって、解決すべき問題も、その解き方も変わっていくことになる。

他方、行政組織の場合、ソリューション検討において、こうした経営資源の制約にはあまり注意が払われない。

その理由は大きく3つ指摘できる。

まず、行政組織にとって、経営資源は自身で保有し育てるものではなく、外部から調達するものだということだ。例えば、福祉が必要となれば、その福祉政策に必要な資金は、国の交付金や委託金などで補填されることになるし、実際のサービスは民間の福祉施設を通じて提供されることになる。

第2に、「問題」が外部から設定されてしまうことである。例えば、「地方創生」においては、人口減少社会、消滅都市といった「問題」が国や社会から設定される。そうした「問題」は、地域の都合(経営資源を含む)に関係なく、解決すべき問題となる。

第3に、取り組みの優先度をつけることが難しいからだ。行政の対応領域は多岐に渡り、基本的に、それら全てに対応することが求められる。福祉をやるから教育は薄めるとか、製造業振興のために農業振興予算を減らすといった選択肢は、行政には無い。経営資源に注目するのは、取り組みにメリハリをつけるためであるが、行政では、メリハリという概念自体が希薄であるから、そのベースとなる経営資源への注目も低下する。

こうした事情によって、行政においては、経営資源という制約に対する意識が薄いソリューションが組み立てられやすい。

その結果として生じるのが「計画」を作ったのに、そのまま塩漬けになるという問題である。そもそもソリューションの検討において、それを駆動させる経営資源の検討が薄いわけだから、当然の帰結と言えるだろう。

多発される「計画」の問題点

では、なぜ、「計画」が作られるのかと言えば、「計画」がなければ、国などからの支援を得ることができないからだ。

国は地域に対して、多種多様な支援ツールを持っているが、それらの多くは、地域において対応する「計画」があることが前提となる。例えば、地方創生の支援を受けるには地方創生戦略が必要となる。

国とすれば、提供する支援(多くは資金)が、ちゃんと使われるかどうかの担保が必要であり、その担保の一つが「計画」であるためだ。

ただ、ここで問題なのは、地域において計画の策定段階では、国などからの支援は確約されているわけではないということだ。そのため、計画をつくったものの、支援が得られなければ、計画は実行にいたらない。

また、「支援を得るための計画」という性格は、計画を総花的で理想的なものへとしがちである。
そもそも、経営資源を有限としなければ、プロジェクトを絞り込む必要がない。また、取り組みに制限がかからないのだから、理想的な風呂敷を広げることができるプロジェクトを絞り込んだり、メリハリを付けたりするのは、担当者にとってかなりの労力となるから、絞り込まなくて済むなら、そうしたいと思う担当者は多いだろう。
しかも、多様で理想的なプロジェクトを並べておいたほうが、国などの補助金や交付金が受けやすいという側面もある。なぜなら、それらの支援策は執行要件が限定されており、それに適合しないと支援を受けることはできないし、仮に適合していても特徴的なものでなければ落選する可能性もあるからだ。

こうした「合理的な判断」の結果、実施面における裏付けの無いソリューションを取り込んだ計画が、多く作られることになる。

経営資源ベースへの転嫁

このように、行政において、経営資源を制約条件としないソリューション、計画策定には、一定の合理性がある。

しかしながら、観光振興のように、地域の発展のための手法として選択的に取り組む領域については、話が変わってくる。

こうした領域は、基本的に競争環境にあるから、漫然とした取り組みを展開しても、相対優位を勝ち取ることはできない。しかも、時間の経過によって、優劣は、さらに広がり固定化されていくから、実施できるかどうかわからない計画を作っている余裕はない。

多くの民間企業が実践しているように、自身が自身の経営資源を活用することで着実に実施でき、かつ、その成果が、将来的に自身が投入可能な経営資源を増やし、さらなる取組へと繋がっていくサイクルを構築していいくことが必須となる。そのためには、自身の経営資源を見つめ、それを制約条件としたソリューションを検討することが必要となる。

観光領域でのソリューション検討

では、観光領域における経営資源はなにか。

観光の競争ポイントは時代と共に変化するが、今日的には、DMOを基軸に考えるのが適切だろう。

DMOを基軸に考えれば、以下が経営資源となる。

  • デスティネーション・マネジメント(マーケティング/ブランディング)に対応できる人材
  • 官民のパートナーシップ関係
  • 持続的な活動を実現できる資金

これらは全て相互に関係しており、なにか一つが強いから、それで引っ張れるというものではない。例えば、人材がいないDMOに資金だけを確保しても、その取組は単発的なものになるし、仮に人材と資金があっても、官民のパートナーシップができていない場合、ダイナミックな取り組みはできない。

さらに、これらは、他所からポンと持ってきたり、促成栽培したりすることはできず、DMO(や行政)が時間をかけて蓄積していくことが必要となる。

デスティネーション・マネージャーという職業が確立されていない現状では、人材は内部で育成せざるを得ないし、パートナーシップをつくるには5〜10年程度の時間が必要である。さらに、持続的な活動資金として宿泊税などを導入するには、多様な主体の合意形成が必要となるからだ。

これを意識せず、経営資源強化につながらない事業だけを組み立てていては、地域の展開力は高まらない。

経営資源を制約条件と考えつつ、時間をかけて、それを増強する取り組みを積み上げ「出来ること」を高めていくことこそが、有効な「ソリューション」であるということを意識しておきたい。

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