業務柄、多数の宿泊施設に宿泊する日々を過ごしている。
その多くはビジネスホテルであるが、時々、ハイブランドのホテルや旅館に宿泊させていただくこともある。
そうしたハイブランドの施設は、それぞれ、独自の世界観を持っているが、特に「旅館」が持つ世界観は独特。これは、旅館は「和」をベースにしているということもあるが、温泉や食事といったものがパッケージされているということが大きいだろう。
ハイブランドのホテルでも、特徴的なスパやレストランを有するところは少なくないが、それは同じ場所にあるということであって、宿泊機能と一体ではない。それら施設を、宿泊者以外でも利用できるようにデザインされているのは、その証左である。
これに対し、ハイブランドの旅館は、一歩、エントランスに入ったところから、一つの物語が動き出すような感覚を覚える。
靴を脱ぐ(近年は脱がないところも多いけど)ところから場面展開が始まり、和をベースとした建築的にユニークな客室に入り、部屋の雰囲気や、部屋からの眺望を楽しむ。
その後、温泉に行っても良いし、再度、外に出て周囲を散策するのも良い。
そうやって時間を過ごすうちに陽も落ち、お腹も空き始めたタイミングで夕食へ。そこで出される食事は、その「旅館」が伝えたい価値の方向性に乗ったもので、顧客は、更に、その旅館に来ていること、時間を過ごしていることの意味や価値を確かめながら、味わっていくことになる。
その後、食後の余韻を楽しみながら、温泉で時間を過ごし、部屋で同行者と語らううちに夜も更けていき、終演となる。
こうした流れは、起(チェックイン)、承(散策)、転(食事)、結(余韻)、そのものであり、それを体験する顧客は、ある物語の主人公となった時間を過ごすことになる。
これは、一つの映画を楽しむような経験である。
言ってみれば、ハイブランドの旅館は、一つの強力な物語を映画のように提供する舞台である。
チェックインから就寝までを、一つの映画と見立てれば、朝食を含む、翌朝の時間はエンドロールの後のエピローグとなる。
ハイブランド旅館とホテルの違い
これは、旅館の強みと弱みを示している。
強みは、言うまでもなく物語による集客力である。
単なる宿泊施設は、それ自体で宿泊需要を生み出すことはできないが、物語を持つハイブランド旅館は、「そこに泊まりたい」という需要を創造することが出来る。
一方の弱みは、延泊やリピーターを抑制してしまうということである。どんなに魅力的な映画であっても、2度続けて見ることは少ないだろうし、一度見た映画を、わざわざ、再度、映画館に足を運んで視聴に行くことも少ないことを考えればわかるだろう。
これは、1泊2日という日本特有の旅行需要と無縁ではないだろう。ハイブランド旅館を成立させてきたのは、国内需要であるのだから、これは当然である。
そう考えると、現在、伸長しつつあるインバウンド需要への旅館対応が難しい理由も見えてくる。
前述したように、ハイブランド・ホテルも、一つの世界観は持っている。そこに踏み込めば、空間やサービスが醸し出す「圧」を感じるし、客室も付帯施設も、見事なまでに同じグレード感でつながり、一体感を感じさせる。また、数年ごとにリノベーションされる客室設備は、いつ行っても新鮮であるが、それでいて、従来からのグレード感はキープされ、ゆったりと寛ぐこともできる。
こうした要素は、表層的には、ハイブランド旅館であっても同様だが、もともとビジネス需要も含めた連泊も前提としているホテルと、1泊2日の休日旅行を主体とした旅館では、様々な点でデザインが異なることになる。
ハイブランド旅館を楽しむには、一定の時間までにチェックインをして、途中退席することなく物語を体験する必要がある。映画を楽しむには、最初から最後まで一定のシナリオで視聴することが必要だからだ。
これに対し、ハイブランド・ホテルの場合、顧客の時間軸でサービスを選択できる。例えば、業務の関係で、チェックインが23時となっても、それから軽食を食べることは出来るし、必要なら、ルーム・サービスも頼むことができるし、バスタブでゆっくりと時間を過ごすこともできるのがハイブランド・ホテルだ。
旅館を「映画」とすれば、ホテルはクエスト型の「ロールプレイングゲーム」だと表現することが出来るだろう。
ただ、ホテルでも、旅館のように「物語」を味わう、それ自体が旅行目的となるような施設もある。例えば、欧州には「お城」を活用したホテルや、ツリーハウス、はたまた、氷で作られたホテルもある。
更に言えば、ディズニーが展開するホテル群は、ディズニーワールドなどに隣接している単なる付属ホテルと思われがちだが、実際はミドルクラス以上であれば、それだけで旅行目的となるレベルである。
もっといえば、オアフ島にある「アウラニ」は、テーマパークすらない地域に独立で展開している。
こうした物語を持ったホテル(テーマホテル)と、ハイブランド旅館は、かなり似た方向性にあると思うが、テーマホテルの場合、連泊にも対応している/需要を取り込んでいるという違いがある。
例えば、オーランドのディズニーホテルは、一週間くらいの滞在がざらにある。
なんでそんなことが出来るのかと考えてみると、2つの理由が考えられる。
1つは、「物語」から食事(夕食)を外していること。もちろん、ハイブランド・テーマ・ホテルにもダイニングはついているけど、それは、物語の世界観を「壊さない」ものであるけど、物語と不可分なものではない。夕食が「外付け」になっているだけでも、連泊やリピートには有利だろう。
もう1つは、ホテル以外にも地域に「物語」があるということ。ディズニーワールドでいえばテーマパークが4つあるし、ちょっと車を飛ばせば、ユニバーサルもシーワールドもある。それぞれ、強烈な物語をもっているから、ホテルの物語はサブストーリーに出来る。
よく出来た映画というのは、メインとなる物語とは別に、副次的な物語が同時並行している。例えば、多くの冒険モノやSFモノは、恋愛モノや親子愛モノが並行して動いていく。これが一つの物語をより深みのあるものにしていくわけだ。
つまり、地域がちゃんとした「物語」を持っていれば、宿泊施設は、その物語と繋がることで、その可能性が広がることになる。
地域と旅館
汎用性の高い宿泊機能だけで比べたら、旅館はホテルに勝つことは出来ない。
ホテルとの差別化を図り、観光市場のインバウンドへの広がりを旅館の振興にもつなげていくには、「旅館」自身が物語を持つことで、その上で、地域の物語と連動し、相乗効果を上げていくことが重要となるだろう。
つまり、旅館と地域は、相互に高め合うことが出来る関係にある。
ただ、これは一歩間違うと、互いに貶める、相殺しあうことにもなりかねない。
互いに物語を持つことができれば、WIN-WINの相乗的関係を望むことも出来るが、他方、中途半端な状態でのつながりとなってしまえば、LOSE-LOSEの共依存、相殺関係となってしまうこともあるということだ。
今後とも、よく出来た映画を見るような旅館と地域の物語を感じていきたい。