サービス化する世界

日本経済が、いろいろと閉塞状態にあることは、各所で指摘されているが、そうした議論において「欠けている」と思うのが、産業構造の変化を捉えていないことである。

世の中は、既にサービス業が経済を支える社会となっている。
日本も、その例外ではない。

GDPの構成(Wikipediaパブリックコモンより)

日本経済の閉塞感は、一言で言えば、こうしたサービス経済社会への転換に対応できていないことにある。

ホスピタリティ関連産業へのシフト

例えば、リーマン・ショック後の2010年から2017年までの8年間。就業者数は、300万人以上増大しているが、そうした増大した就業者を吸収した産業は、医療福祉、卸売小売、宿泊飲食業サービスなどである。
一方、これまで日本経済の柱であった製造業、建設業は、就業者数を微減させている。つまり、就業者は、この8年で大きくサービス業、それもホスピタリティ関連の産業へシフトしているのである。

労働統計調査・労働力調査より筆者作成

ここで注目すべきは、月給と就業者数には、負の相関があるということだ。すなわち、月給が高い産業は就業者数が増えず、月給が低い産業を主体に就業者数が増えている。そして、月給が低い産業は、サービス業、それもホスピタリティ産業が主体である。

こうした産業シフトが起きていれば、「平均」の収入が伸び悩むのは当然の帰結だろう。分子の増加以上に、分母が増えていくことになるからだ。

こう考えると、医療福祉、卸売小売、宿泊飲食といったホスピタリティ関連産業の給与を高めていけばと考えられるが、そう簡単ではない。

なぜなら、これらの産業は、需要側の「ふところ」によって、売上が規定されてしまうからだ。例えば、医療福祉の給与水準を高めようとすれば、その売上を増やすことが必要だが、それには、患者や療養者だけでなく、国民全体がより高い費用負担することが必要となる。医療福祉分野の給与は、社会保険制度によって成立しているからだ。

宿泊飲食サービスについても同様である。宿泊や飲食サービスの売上を立てるのはサービス利用者である。どんなに、そのサービス内容が良質であっても、サービス利用者の「ふところ」が寂しければ「無い袖は振れない」。

インバウンドが増えたとはいえ、需要の大部分は日本国民である。
そのため、日本国民の「ふところ」が豊かにならなければ、ホスピタリティ関連産業の売上は立たず、その従事者の給与の増大にはつながらない。

かつて、日本の観光が「狂乱状態」だったのは、高度成長期のレジャーブーム、バブル経済時のリゾートブームだったことや、地域の宿泊施設にとって企業の忘年会/新年会は大きな収益源であるが、この規模や予算は、それら企業の景況状況に大きく作用されることを考えれば、容易に想像できるだろう。

このように、ホスピタリティ関連産業は、基本的に、他産業の景況に大きな影響を受ける感応度の高い産業である。

よって、本来であれば、ホスピタリティ関連産業の給与を増やすには、他産業に影響力が高い産業(=その活動が間接的にホスピタリティ産業の売上につながる)が伸びることが必要となる。

  • 産業の影響力と感応度は、産業連関表から導出できる。
    興味のある人は、RESASの地域経済分析機能などを参照ください。

そこで、どの産業就業者が「資金」を持っているのかということを見てみると、製造業、卸売小売、医療福祉、建設業が抜けた状態にある。このうち卸売小売と医療福祉は、一段、月給水準が低いこと(=個々人の財布はさほど豊かではない)を考えれば、未だ、製造業、建設業が大きな影響力をもっていることがわかる。
ただ、これら業種は就業者数を減少させており「持続的な未来があるのか」とは言い難い。本来は、次代に対応したサービス業であるITや金融分野が経済を支えるようになるべきであったが、世界的な競争力を獲得できずにいる。

労働統計調査・労働力調査より筆者作成

国内の影響力が高い産業が伸び悩む中で、我が国のホスピタリティ産業は、インバウンドへ、その活路を見出そうとしている。これは、世界的な観光需要の高まり、特に東アジアの経済発展を考えれば、合理的な判断である。

しかしながら、それは、次代の産業(ITや金融、研究)を育てることが出来なかったツケと考えることもできる。

次代を切り開くはずのIT企業が、ブラック企業の代名詞とされてしまうような風潮は、皮肉としか言いようが無い。

勝手にランキング「業界イメージ」(ディーアンドエム)

我々が感じる「閉塞感」の根本的な問題は、この辺にあるのだろう。

需要を取り込めても成長できない

さらに深刻なのは、宿泊・飲食サービス業について言えば、需要の取り込みに成功しても、産業の振興につながっていない可能性が出てきていることである。

例えば、「オーバー」の指摘もされている京都市は、実際、宿泊消費額がうなぎのぼりで伸長している。しかしながら、飲食・宿泊サービス業の総生産はほとんど変化していない。

細かく見てみると、2011年に東日本大震災で宿泊客・消費額が減少した際、それに連動して総生産も減少した。しかしながら、その後、宿泊客や消費額は回復し、消費額については大きく増大したものの、総生産はほとんど変化していない。

つまり、回復し、増大した需要の恩恵を京都市の宿泊業・飲食業では享受できていないということになる。

※京都市資料より筆者作成

同様の状況は沖縄県でも生じている。
沖縄県の場合、観光客数も観光収入も維持されているにも関わらず、2000年代の後半に宿泊・飲食サービス業総生産が低下している。その後、観光客数・観光収入が増大しても総生産は、ほとんど増大していない。

※沖縄県資料より筆者作成

この事実は、観光需要の取り込みに成功しても、地域は豊かにならないという可能性を示している。

需要の取り込み自体が難しくなっていくというのに、その需要を取り込めても、地域が豊かにならない可能性があるというのは、観光による地域振興を否定することにもなる。

観光振興と地域振興をつなぐもの

実のところ、観光が振興されても、地域が振興されないという「事例」は、我々は、これまでにも経験してきている。

レジャーブームやリゾートブーム時には、多くの投資がなされ、多くの観光客が訪れ、多くの消費を行った。しかしながら、それによって海外のリゾートのように「観光需要によって駆動する地域」がドカドカ出来たとは言い難い。

一方で、草津町や箱根町、軽井沢町のようにレジャーブーム以前から、観光リゾート地として展開していた地域は、時代に合わせた変化をしながら持続性を維持している。

この違いは何か。

この違いは、その地域が観光消費を地域の経済循環につなげていくことができる構造を持っているか否かということにあるだろう。

出典:RESAS地域経済循環(軽井沢町)

例えば、軽井沢町を見てみると、域内の所得は806億円であるが、これに域外からの観光消費や関連投資が加わることで、1,055億円にまで支出が高まり生産(付加価値)を形成している。

これに対し、ハイエンドホテルが立ち並ぶ恩納村は、沖縄観光を代表し、象徴する地域であるが、493億円の所得があっても、430億円しか付加価値形成にはつながっていない。観光消費がある民間消費額ですら赤字というのは、地域住民や事業者が村内で消費をしていないからと考えられる。

出典:RESAS地域経済循環(恩納村)

つまり、地域振興の視点で見れば、ホテルだけがあれば良いのではない。
観光振興を地域振興に繋ぐには、観光消費だけでなく、その観光消費を呼び込み受け止めるための投資や、各種の物資調達についても域内で対応することが必要だということだ。

「資金」は、勝手に循環しない。

地域内にとどまるように消費や投資が落ちるためには、その地域に、その資金を回していける人材、組織、ノウハウが必要となる。

ブランド競争力上、ホテルの運営は「外資」であっても、そこにリネンやクリーニング、造園、警備といった関連サービスは、地域で十分可能である。ガイドツアーや、物販、飲食なども同様である。多様かつ良質なサービス事業者が地域に集積していれば、ホテルも効率的な経営ができるようになる。

もともと、サービス業は「集積」することで、その生産性が上がる性格を持っている。しかしながら、観光リゾート地は、一般的に人口が少ないため、そのままでは集積は進まず、効率は高まらず外部への漏出が多くなる。恩納村は、その好例だろう。

ホスピタリティ産業に特化した振興策を

本来であれば、需要と供給はあわせ鏡のように推移していくが、前述のように、日本の場合、次代をつくる営業力の高い産業の形成に失敗している。そのため、本来、ファンダメンタルとなる国内需要が20年近く固着した状態にあった。

ここにインバウンドという急激な変化の波が押し寄せても、それに対応して域内の事業者が臨機応変に変わることは難しい。結果、それらに対する知見をもった企業(外資)が域外から参入し、地域経済とは別の経済圏が形成されてしまう。

これはかつてのレジャーブーム、リゾートブームでも経験済みのことである(当時は、東京資本であったが)。

観光による地域振興を目指すのであれば、なによりも、地域で観光に対応した産業群、ホスピタリティ産業クラスターを形成することが重要である。
地域で観光に対応する人材とノウハウをつくり、資金を呼び込んでくるという産業政策を進めていくことが出来なければ、穴の空いたバケツに水を注ぎ込むような状態は改善できないということだ。

しかしながら、需要の急激な変化時に地域産業が追随することは困難であり、結果、域外プレイヤーが、落下傘的に参入することで、観光振興と地域振興との間にミッシング・リンクが生じてしまう。

このミッシング・リンクを繋ぐのは、地域での官民連携の取り組みだろう。

産業振興には5〜10年といった時間軸が求められる。地域の将来像をしっかりと考え、観光を地域振興に繋げられるような産業振興策を検討し、実行していくことが重要であろう。

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「ホスピタリティ産業クラスタが必要なワケ」に2件のコメントがあります

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