あまりに状況悪化が続いているので、本サイトでの市場予測の公開は止めていますが、ワクチン開発が来年以降となり、自粛による感染抑制と感染拡大のサイクルが続くことを考えると、2020年中に、観光市場は70%の需要を喪失するのではないかと考えています。

経済センサスによれば、現在(2016年実績)の宿泊・飲食業の付加価値は9.6兆円。この70%を喪失するということは、実に付加価値6.8兆円が消え去る計算です。

これに対し、事業者側への政府支援となる持続化給付金や、雇用調整助成金、固定資産税減免をフル活用すると2.6兆円が補填できますが、それでも、4.2兆円、従前の付加価値の44%に相当する損失をうけることになります。

率直なところ、大手を含めて、ほとんどの事業者が存続危機となるでしょう。

地方自治体に支出される「新型コロナウイルス感染症対応地方創生臨時交付金」の活用は、大いに期待されるところですが、それでも総額1兆円。地域において、広範な産業に分配されることを考えれば、ホスピタリティ産業を救うのには程遠い。

ここで注目したいのは「全国民に一律10万円」の給付金です。

この給付金、紆余曲折がありましたが、この制度を含む補正予算が2020年4月20日、閣議決定しました。

現在、日本の人口は1億2600万人ですから、総額、12兆円という支援制度となります。

この支援制度は、コロナ禍による生活困窮者に対する支援であると同時に、景気刺激策でもあります。その景気刺激策の部分を、どれだけ取り込めるかは、我が国のホスピタリティ産業、事業者の存続における当面の大きな課題となるのではないでしょうか。

「前売り」はオススメできない

現在の厳しい状況の中、飲食店や宿泊施設の一部では、終息/収束後に利用できる利用券を前売りする動きが出ています。

これは、キャッシュフローを改善する取組となりえますし、10万円給付を充ててもらえれば規模拡大も望めます。が、私は、あまりオススメできません。

それにはいくつかの理由がありますが、根本的な問題は、前売りは負債になるということです。

前売りするのですから、これは「当たり前」の事ですが、「前売り」が経営維持につながるほどの金額となれば、経営上、大きなリスクになりえます。

コロナ禍が短期で収束すれば、そのリスクは小さいままですが、仮に、コロナ禍が長期化した場合、その負債は、長期間に渡りBSを圧迫することになります。これは少なからず、金融機関からの融資など、経営の足かせになるでしょう。

さらに、利用券は一種の金券ですから、購入者の転売を妨げることはできないでしょう。顧客側にとっても、当初は、応援の気持ちからだとしても、今後の経済状況によっては、自身の生活も脅かされることだってありえる話だからです。
その転売過程によって、筋の悪い顧客層の手に解ってしまえば、債権者として返金要求など、規定にない課題な要求が寄せられる可能性もあります。

また、「前売り」は、将来の売上の先食いです。そのため、終息した場合でも、前売りを使って多くの顧客が来訪すれば、新しい現金収入は無いのに、新たな支出だけは膨らんでいくということになります。この支出には、外部からの仕入れも含まれますから、かなり厳しいキャッシュフローとなるでしょう。

加えて言えば。
利用券の前売りが使われるまでの期間が6ヶ月を過ぎる場合、1,000万円を超えると半額の供託義務が発生します(資金決済法)。コロナ禍の状況によっては6ヶ月を超えることは容易に想像がつきます。「前売り」による1,000万円を超える資金調達は、そうそう無いかもしれませんが、旅行業法があるのは、前払い金の保全措置という側面も大きいことを考えれば、積極的にすすめる手法とは言い難いです。

クラウドファンディングへの展開

とはいえ、現状を乗り切らないと未来もありません。

そこで、私がオススメしたいのは、前売りではなく、クラウドファンディングによる支援要請です。

クラウドファンディングは、特定の事業、プロジェクトを「応援したい」ということで、組成されるものです。このコロナ禍において、事業を存続していくことを応援したいというのは、立派にクラウドファンディングの対象となるでしょう。

クラウドファンディングには、以下の3つが必要とされます。

  • ターゲット(誰を対象として展開するか)
  • 支援金額とリターン(賛同者に、いくらの支援をお願いし、どういったお礼をするのか)
  • 目標金額(いくら集めることを目的とするか)

この内、ターゲットと目標金額は、「前売り」でも設定する項目ですが、肝となるのは支援金額とリターンの設定となります。

前売りの場合、金額とリターンは当然、同価格となります。

一方、クラウドファンディングであれば、これを切り分けて設定することができます。つまり「支援したい」という気持ちを、金額に込めてもらうことが可能なわけです。

例えば、1万円の支援金額に対して、リターンは1千円分の権利+非金銭的対応(例:お礼の手紙)といった非対称な設定にすることが可能です。支援者としては、金銭的なメリットよりも、その事業者との特別なつながり、プロジェクトへの貢献を欲するからです。

リターンの設定にもよりますが、前売り券のような負債、債券とはなりませんし、第3者への権利移転(売買)も抑止できますから、将来的な経営リスクともなりにくい。

集めた資金は、そのまま事業継続の資金として利用できるということです。

さらに、予め固定的なリターンとしなくても(リターンとして明示していなくても)、事業が軌道に乗った後に、支援してくれた人に対して、特別な「お礼」を提供することもできるでしょう。

それは、事業者にとって、強い絆を持った顧客獲得となり、その後の事業においても、有効な資産となります。

10万円給付金による敷居の引き下げ

とはいえ、現実的には「想い」だけで資金を拠出出来る人は限られます。

しかしながら、ここで注目されるのが、前述の「全国民に10万円給付金」です。

現在、そして、これからもコロナ禍は、日本経済に大きな負の影響を与えるでしょうが、すべての人の所得が下がるわけではありません。少なくても、1〜2年程度の間は、公務員や医療・福祉関連、年金受給者といった人々の所得は、現状値で推移するでしょうし、テレワークなど新しい需要に対応する業種や、貨物物流の分野も堅調に推移するでしょう。

そうした人々からすれば、今回の「10万円給付金」は、天から降ってきたボーナス的な位置づけとなります。

こうした人々の中には「自分は受け取らない」という人も少なくありませんが、むしろ、受け取った上で、自分の意志で、このコロナ禍を突破していくことに有効と思われるところに支出をしていくという動きも出てくるでしょう。

そうした機運に対応する形で、クラウドファンディングを立ち上げていくことで、通常とは異なる敷居の低さでの資金調達が可能となるのではないかと私は考えています。

国内の公務員は国家、地方を合わせて332万人。医療・福祉関連は692万人。あわせて1,024万人。
また、道路貨物運送業は160万人、情報サービス業は105万人。あわせて265万人。
全てが世帯主とは限りませんが、仮に、世帯人数を2.0人とすれば2,500万人。

さらに、年金受給者は単純に65際以上人口とすれば、3,500万人。

あわせて、実に6,000万人程度は、コロナ禍においても、当面の間は(少なくても家族の誰かの)収入は維持されると推測されます。

もっとも、収入が減少しないとしても、そもそもの所得水準が厳しい状況にある人も少なくないでしょう。また、地域や産業を支えるということに全く関心が無い人も多いでしょうし、将来への不安で貯蓄に回す人もいるでしょう。

そのため、どれくらいの人々が、産業を支えることに興味を持ってくれるかはわかりませんが、仮に1/3の人が動いてくれれば2,000人。総給付額は2兆円となります。

これを獲得できれば、マクロ的ではありますが、冒頭で示した損失付加価値4.2兆円の半分を取り返せる計算となります。この1/3は1/30にもなり得るし、1/1にもなりえます。

課題も多い

いい事だらけのように感じますが、もちろん、課題もあります。

それは、この手法は、従前から「強いブランド」を持っていないと有効に使えないということです。

今や、国内全ての観光事業者や観光地が困っている状態です。
しかしながら、このクラウドファンディングは、個人と事業者/地域が直接つながるわけですから、個人に「支えたい」と思ってもらえる事業者/地域でなければ、資金を集めることはできません。

個人の側からすれば、クラウドファンディングがあるから支えたくなるわけではなく、支えたいという思いが先にあり、そこにクラウドファンディングという手段が提示されることで、その需要を実現できるに過ぎないからです。

パレート分布を考えれば、そうした支持を集められる事業者/地域は全体の2割程度となるでしょう。

また、「地域」で取り組む場合、集めた資金をどう活用するのかという問題も生じます。事業者であれば、ダイレクトですが、地域の場合、「地域を支えたい」という気持ちに、地域が、どのように応えるのかというのは、これはこれで大きな課題となるからです。

さらに言えば、人々の支援を受けるには、他のクラウドファンディングと同様に、未来に向けて、どういったビジョンを持ち、どういう戦略で、それに向かっていこうとするのかという情熱を示すことが重要となるでしょう。

単に、「コロナ禍で大変なので、助けてください」では、たとえ、天から降ってきた給付金であっても、振り向けてはもらえないと考えておくべきです。

この他、クラウドファンディングを仲介する事業者への手数料も発生します。概ね15%程度とされます。手数料率としては、一般的な水準ではありますが、決して無視できる規模でもありません。

余談となりますが、私は、旅行会社が、クラウドファンディングのサービスを展開してはどうかと思っています。宿泊施設などホスピタリティ産業サイドにも、旅行者となる顧客サイドにも幅広いリーチを持っているのは旅行会社だからです。

いずれにしても、事業者や地域が、クラウドファンディングを展開する場合には、自分たちは、それだけのファンを得ているか、ファンに期待されるだけのビジョンを示せるか、最終的に収支にあるプロジェクトとなり得るのかといったことを精査することが必要でしょう。

ともかく動いていくこと

今回の補正予算によって、コロナ禍に対する政府支援の枠組みは形成されました。今後の展開によっては、第2段、第3段の補正予算もあり得るでしょうが、ともかく、我々としては、今、提示されている材料の中で生存戦略を作っていくことが必要でしょう。

その中で、需要側の資金となる10万円給付金が、どこに向かうのかは、大きなターニングポイントとなりえます。なにしろ、宿泊観光旅行の平均費用は5万円強であり、10万円というのは2回分の旅行費用に相当するのですから。

本稿ではクラウドファンディングを取り上げましたが、管理された状態利用するのであれば前売りも有効でしょうし、別稿で示したデジタル・トランスフォーメーションでのコンテンツを取り組むことも検討したいところです。

いずれにしても、共通する課題は、今すぐ観光を動かすことはできないが、「耐える」だけでは、コロナ禍のトンネルを抜けることは困難だということです。

地域での官民パートナーシップだけでなく、地域や事業者のファンも巻き込みながら、模索をしながら動いていくことが重要なのではないでしょうか。

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