コロナ禍は終息はしていませんが、収束状態となり、世界各国が経済を回すようになってきています。

しかしながら、各国とも、絶対数の違いはあるものの感染「確認」者は、日々、発生しており、東京では、その数値がじわじわと増大している状況にあります。

また、「感染者ゼロ」とされる台湾からの帰国者が、PCR検査で陽性となるケースも出ています。

やはり、ロックダウンしても、世の中からウィルスが消え去ることはなく、有効なワクチンが普及するまでは、感染リスクを背負いながら展開していくしかないのでしょう。

そういう状況において、我が国の観光は、これから夏休み需要へ相対していくことになります。既に春休みとGWの2つの需要を失っている観光業界にとって、夏休み需要は、事業存続をかけた商戦となっていくでしょう。

政府では、8月を目処にGoToキャンペーンを実施。また、一部地域では県民向けの割引クーポンを配布しています。「価格」は需要を強力に動かすパワーをもっているので、これによって、国内需要は(やや強制的に)再起動されていくことになるでしょう。

地域/事業者としては、まずは、この「波」を捉え、収益を確保していくことが必要になります。

他方、コロナとの戦いが長期化することを考えれば、GoToのような割引政策だけで「全て解決」とはなりません。コロナ禍は、場合によって、来年度になっても終息しないかもしれないし、団体旅行やインバウンドなど、政策の効果が及ばない需要も多いからです。

さらに、現在は経済を回す方にシフトしているとは言え、何かしらの形で新型コロナが凶悪化し「第2波」という形で襲来することになれば、再度、ロックダウン/緊急事態とする必要も出てくるかもしれません。

強みが弱みともなった世界

中長期的に考えれば、観光に関わる地域/事業者は、観光が抱える「最大の強み」であると同時に「最大の脆弱性」である特性に対応していく必要があるでしょう。

それは、「人と人のリアルなコミュニケーションが価値を生む」ということです。

世の中が、どんどんオンラインへとシフトしていく中で、観光が価値を際立たせていたのは、リアルな経験にあります。特に、人とのコミュニケーションは、その経験に情緒的な価値を加えることとなり、大きな方向となってきました。

ちなみに、私は2009年に以下の考察をしています。

しかしながら、今回のコロナ禍は、その「リアル」を蒸発させました。

震災や台風などによって、一時的に、局所的に観光が停止することは想定していましたが、まさか、全世界規模で、かつ、先が見えない形で「リアルな経験」が止められる事態が起きるとは思いませんでした。

ただ、一度起きてしまったことは、また、起きる「かも」と考えていく必要があります。実際、COVID-22とか25が出てこない保証は無いのですから。

多様な経験が世の中に溢れ、オンライン化、デジタル化が進んでいく状況において、観光の本質的な価値が「リアルな経験」にあり、特に、人と人のコミュニケーションが大きな意味を持つという方向は変わらないと思います。

しかしながら、その「一本足」だけでは、今回のような事態に対抗できないということも、また、事実でしょう。

観光事業の冗長性を高める

観光事業の冗長性を高める方法は、いくつか考えられますが、私が有効ではないかと考えているのは、「リアルな経験」とは真逆、対義構造にあるものを取り込んでいくことです。対義構造にあるものを取り込むことが出来れば、危機の際でも、どちらか一方は機能することが期待されるからです。

例えば、観光は「コト消費」を代表する活動ですが、その対義となる「モノ消費」、端的に言えば通販機能を取り込むことが出来れば、人の移動が遮断されるような事態となっても、対応することができます。

また、「オンライン・ツアー」のように、ネット上で経験を提供することが出来れば、リアルの対義となるバーチャルに展開できます。これも、人の移動が遮断された場合に大きな意味を持ちます。

これらの取り組みは、コロナ禍の中で、取り組む地域/事業者も出てきていますが、当然ながら、通販には既に通販の販売チャンネルが多数出来ていますし、オンライン・コンテンツも無数に存在しています。その中で「観光」がポジションを得ることは容易ではないでしょう。

一方、地域の立場としても、観光を失ってしまえば、サービス経済社会の中で付加価値を創造していくことは、非常に困難となります。

そこで、提案したいのは、観光施設、特に宿泊施設と地域との関係性を変えていくことです。

「モノ」に手を伸ばす

地域では、現在でも地域産品を売るための取り組み、物産センター、アンテナショップといったものを展開しています。例えば、長野県では銀座NAGANOを展開していますし、沖縄県はわしたショップを展開してい全国規模で展開してます。これは、大手流通では埋没しがちな地域ブランドを全面に出して、その付加価値を高めたり、地域ファンを創造していこうとする取り組みとして注目されます。

しかしながら、地域限定の専門店とはいえ、「マス」を対象としているため、趣味性の高いもの、付加価値の高いものの販売ルートとしては十分に機能しません。趣味性が高い/付加価値の高いものを販売するには、そうした商品を求める人々が集う場所が必要となるからです。

もともと、地域は、大きな製造工場を構えることが難しく、量で稼ぐより、単価で稼ぐことの方が望ましい構造にあります。そのため、単価アップは多くの地域が事業者が検討する道筋ですが、多くはうまくいきません。物が溢れている現在、物販の肝は、良い商品を作ること以上に、それを欲しがる人の目の前まで、その商品を持っていくことが重要となりますが、これができないからです。

単価アップには、単価アップが可能な趣味人や富裕層にリーチすることが必要ですが、趣味人/富裕層は「スーパー・レア」な存在であり、「普通」の流通、店舗ではたどり着くことは難しい。地域名を看板に抱えたアンテナショップでも、それは同様でしょう。

一方、足元を見ると、地域の「良いもの」を付加価値つけて提供している販売チャンネルが存在します。それは、地域密着かつアッパー層に振っている宿泊施設、特にハイブランド旅館です。

ハイブランドの旅館は、独自の物語を持った映画のような存在です。そこにはその物語に惹かれた趣味人/富裕層が集い、彼らは、物語から派生するモノにも関心を持ち、信頼を寄せることになります。ブランド論でいえばブランド・アンブレラ、心理学で言えばハロー効果です。

サービス経済社会は「原価積算」で価格が決まるのではなく、顧客の「思い入れ」で価格が決まる世界です。そして、そのど真ん中にいるのがハイブランド旅館です。

つまり、地域からすれば、希望しても届かない趣味人/富裕層に、ハイブランド旅館は簡単に接触でき、かつ、宿泊サービス以外の領域でも「取引」が可能な状態にあるのです。

地域としては、これを「使わない」手は無いでしょう。

実際、一部のハイブランド旅館は、物販機能を持つだけでなく、プロデュース機能も有し、旅館の世界観=顧客の嗜好に合うモノを、特注で作ってもらったり、製造者に対してマーケットイン発想でアドバイスしたりしています。

ただ、旅館としては「宿泊してもらうこと」が大前提ですから、そうそう大きなロットとはなりません。これを広げていくには、地域全体の経済政策のシフトが必要となります。

例えば、現在、各地で行われている地場産品の開発、農作物などの流通促進の事業に、ハイブランド旅館の関係者を「事業パートナー」として招き入れることが考えられます。これだけでも、趣味人/富裕層向けの商品開発力は大きく上がるでしょう。

その上で、別途、ハイブランド旅館に対して、趣味人/富裕層向けの物販(通販含む)機能の強化拡充にむけた支援策を展開していけば、地域独自でありながら非常に尖った流通網を拡充していくことができます。

生産者/製造者にとっては、自らが苦手とする顧客へのリーチについて、ハイブランド旅館のノウハウを利用できることになり、高付加価値な商品作りに取り組みやすくなります。

ハイブランド旅館にとっても、自らの「高質なライフサイクルを提案出来る」というノウハウと、リアルな宿泊経験を通じて形成された顧客との関係性という知的財産を経済的価値に転換できる事であり、事業の冗長性を高めることになるでしょう。

バーチャル世界への進出

また、バーチャルへ進出も検討したい取り組みです。

今回のコロナ禍の中で、バーチャル・ツアーの取り組みが複数の地域/事業者で進められていますが、これらの取り組みによって、地域の観光的な魅力を、映像や会話/問答によって伝える手法が開発されつつあります。

もともと、何気ない街歩きや地域探訪を取り上げたTV番組は、一定の人気を保っているし、旅の途中で遭遇する様々な出来事をまとめたロード・ムービーは、確立された映画ジャンルの一つです。

しかしながら、これまで、観光は、リアルに価値を求めてきたため、プロモーション用途を除けば、観光経験のバーチャル化とは距離を取ってきた部分があります。しかしながら、個人がメディアを持てるようになり、そして、コロナ禍のようなことが起きる現代、観光領域も、その魅力をデジタル化しオンラインで配信していくことを真剣に取り組んでいくことが必要となるでしょう。

特に、リアルとバーチャルが交差する領域は、大きな成長可能性があると考えています。
現在でも、旅先で友人に写メを送ることは「当然」となっていますが、今後、5Gが拡がっていけば、現地での体験を遠隔地の人々に、高いリアリティを持って伝えることが可能となるでしょう。
また、Zoom飲み会のようなコミュニケーションは、地域と発地を広範に結んでいく可能性をもっていますし、eスポーツも、演算能力の向上によってリアルな空間との重なりが大きくなってきています。

このように地域のリアルと、バーチャルは対立する概念ではなく、繋がり合う存在となりつつあります。そのため、観光領域におけるコミュニケーションは両者を横断する形で展開していくことが重要となります。

現時点で、ネット上でのマネタイズ手法は確立されていませんが、ユーチューバーですら、その歴史は10年もない(2011年に一般向けパートナープログラムがスタート)ことを考えれば、5年後にオンライン観光がマネタイズされている可能性は十分にあります。

そして、この取組も、事業者単体、または、観光領域のみに留めるのではなく、地域全体で取り組むべき課題です。情報化時代となり、既にリアルがどうかということではなく、ネット上で作られる構造が「地域」を規定することになるからです。大げさに言えば、ネット上に「地域」を伝える情報を発信することは、地方創生そのものの課題ともなります。

地域の情報を、ブランディング視点で最も効果的に発信できる部門はどこか?と考えれば、域外の人々と日々向き合っている観光部門であるということは自明でしょう。

地域が獲得している顧客のことも、地域が進むべき方向性についても情報を持たない広告代理店が作り上げてくるコンテンツよりも、観光部門の人々の方が、しっかりとしたメッセージを強く、かつ、持続的に発信できることでしょう。

「観光」を地域ブランドの中核に

モノへの対応にしても、バーチャルへの対応にしても、観光が持つ「地域の潜在的な魅力を、経験という形で顕在化させる」という能力を、より汎用的に地域に展開するものとなります。

これは、「観光」を単に経済波及効果を創造する産業として捉えるのではなく、地域全体の付加価値を高めていく戦略産業と定義するということになります。

こういう考え方は、既に欧米では拡がりをみせています。それは、観光によるイメージ向上が人材や資金を地域に呼び込むこと、地域の付加価値創造を規定することが解ってきたからです。

それらの先行地域においては、おそらく、地域の観光産業、観光地ブランドを総力を上げて回復させてくることになるでしょう。それは、また、新たな競争環境を現出させることになります。

我が国は、観光的な魅力を多く持つ国と評されることも多いですが、他方、台風や地震といった災害大国でもあります。今回のコロナ禍は、ある意味、世界共通の災禍となりましたが、こうした事態に遭遇する確率は他国よりも多くなる傾向にあるわけです。

その事を考えれば、単純に観光客数を戻すのではなく、全世界の観光が停止したこの時間を利用し、地域と観光との関係性について再整理を行い、観光の脆弱性を弱めていく体制と転化していくことが重要なのではないでしょうか。

今回のコロナ禍は、間違いなく強烈な災禍ですが、観光振興の方策や、観光産業(ホスピタリティ産業)の冗長性向上を改めて再設定することができるチャンスでもあります。

我が国は、幸い、欧米に比してコロナ禍の被害も少ない状況にあります。
このアドバンテージを活かし、新しいパラダイムを作っていくことを考えていきたいところです。

Share