2020年春に、全世界を直撃した「新型コロナ(COVID-19)」は、間違いなく大きな災難です。そして、この新型コロナの襲来によって「なぜ、観光客を呼ばなくてはならないのか?」という疑問が、各地で提起されることになりました。

これまでも「観光」については、コミュニティとの衝突や、乱開発や破綻などが問題になることはありましたが、「人口が減る」という逃れようのない事態の中で、現在の日本において観光振興はすすめるべき政策となっています。

人口が減ることは避けられない。が、交流人口を増やすことで、地域を維持しようということです。

交流人口増で地域が維持できる理由は、経済波及効果に求められることが多い。でも、観光客の呼び込みが、目に見えるレベルまで経済効果が高めることは、そう容易ではありません。

一定水準の経済効果、生産性を得るには、一定以上の「集積」が必要となります。そのため、観光産業の立地による「効果」だけで、地域を維持できるのは、ごく一部の地域に限られます。

それでも、私は、多くの地域において観光振興は有効な施策だと考えています。

それは、現代社会が「サービス経済社会」であるからです。

私のブログを読んでいる方は、何度も「サービス経済社会」という言葉に触れていると思いますが、現在の社会構造を理解するのにおいて、この概念はとても重要なものです。

ザクッと言って、18世紀なかばから19世紀に生じた産業革命から20世紀末までは、工業が社会経済を支配する製造業社会(または工業社会)でした。この社会においては、良い製品をより安く、大量に製造し販売することが「勝ち」の世界でした。

この世界では、人口が集積していることが勝ちパターンでした。基本的に労働集約であるため、製造するには多くの労働力が必要でしたし、製造した製品を販売するにも、近くに多くの消費者がいる方が好条件だったからです。

我が国の高度成長を支えたのも、自動車や家電といった工業製品の産出でしたが、この背景には大規模な首都圏への人口集中がありました。

しかしながら、21世紀になると、世の中は、サービス経済社会となっていきます。

この世界では、製造業ではなく、サービス業が経済の主体となります。ここで言う経済の主体とは、付加価値を主に生み出す存在ということです。

サービス業の象徴は金融や証券、不動産、医療などです。もちろん、観光も、このサービス業に含まれます。

顧客が価値を決める世界

経済の主体が製造業からサービス業に変化することで、大きなパラダイムシフトが生じました。シフトした領域は非常に多いですが、経済的な付加価値という点で言えば、従来のパラダイムでは、原価の積み上げによって価値が決まっていましたが、新しいパラダイムでは、消費者(買い手)の認知や必要性が価値を決めるという変化が生じました。

例えば、かつて、飛行機やホテルの値段には「定価」がありました。これは、原価を積み上げた上で、需要を按分し「適度な利潤」を得ると見込めるように価格が設定されていたからです。

これに対し、現在では、利用する日時だけでなく、購入するタイミングによっても、価格が大きく変化するようになっています。必要だと思う人は、高い価格でも購入するし、そう思わない人、こだわりのない人はできるだけ安価に購入しようとします。そうした消費者側の意志に合わせて価格設定を行うようになったからです。

同様のことは、モノにおいても生じています。

例えば、かつて、日本米は政府が価格を決めていました。しかしながら、現在では、多種多様な価格で日本米が流通しています。これは、その米を収穫するまでの手間という原価ではなく、その米に対する需要によって価格が定まるようになっているから(消費者と生産者がそれを求めたから)です。

我々が使っているスマホだって、iPhoneはアンドロイド端末よりも「原価」は安いですが「価格」は高くなっています。これも、原価積み上げではなく、顧客側の意志で価値が決まる事例でしょう。

原価ではなく、顧客認知によって価値、価格が決まる社会では、差別化できない製品やサービスはとことん買い叩かられ、一方、差別化に成功できた製品サービスは指数的な価値、値付けが可能となります。

さて、こうした社会経済環境の変化と、日本が置かれている状況とを重ね合わせると、地域、製品、サービスの差別化に取り組むことが「必須」となることがわかります。

高齢化が進み、人口が縮小している状況では、安価であっても大量にさばくことで一定の収益を確保するという戦略は選択のしようがありません。かつてのように技術革新によって生産コストを低減したとしても、差別化できなければ、価格が下がるだけであり収益確保できないからです。

ともかく必要なことは、差別化だということです。

これは、言い方を変えれば「ブランディング」が必要ということになります。

ブランドは、人々の心の中に生じるものです。従来は、マスメディアを通じてのプロモーション活動が大きな意味をもっていましたが、現在では、ソーシャルメディアが大きな意味を持っています。

地域の多様な製品、サービスの中で、顧客との距離が近く、このソーシャルメディアを活用しやすいところに「観光」があります。

そして、ある特定の分野に対するブランドは、近接する他の分野にも派生することが指摘されています。

つまり、「観光」によって地域のブランディング(差別化)ができれば、そのイメージは、他のサービスや製品にも展開され、付加価値を高めることになるわけです。

地域にとって「観光」は、単なる経済波及効果ではなく、地域そのものの価値を高めていく手段だということです。

クリエイティブ・クラス人材の獲得

さらに観光地ブランドの向上は、人材の獲得にも繋がることが指摘されるようなっています。

観光地ブランドは「そこで何ができるのか」という「経験」に紐付けられて形成されます。そして、この「経験」は、観光向けにとってつけたものではなく、その地域の文化や風習、環境から紡ぎ出されてきたものであり、住民自身が、それを楽しんでいれば、それは更に強力なものとなります。

すなわち、観光地ブランドが高い地域というのは、それだけ魅力的なライフスタイルがある地域だと考えられます。

カフェで楽しむ人々(ニース)

他方、ネットの世界的な普及、デジタルネイティブ/ミレニアル世代の台頭によって、働く場所と住む場所とのリンクは弱まりつつあります。特に、クリエイティブ・クラスと呼ばれる「自分で新しいモデルやコンテンツを創造できる」人々は、自分で住みたいところに住める傾向にあります。

クリエイティブ・クラスは、サービス経済社会の中で、非常に重要な役割を果たす人々です。彼らの集積度が、地域の趨勢を定めていくと言っても良いでしょう。

かつては、「多くの人が働きたい」と思う企業を誘致することが、良質な人材を集める近道でしたが、クリエイティブ・クラスの人々を惹き付けるのは企業ではなく、魅力的なライフスタイルだということです。

実際、欧米のリゾート地や、リゾートを背景に持つ中小都市はクリエイティブ・クラスの人々が集まり、その旺盛な行動力が地域活力を高める事例が出てきています。

これは、我が国において現在注目されている「ワーケーション」の考え方にも繋がるものでしょう。

観光のポテンシャルとリスク

以上、整理してきたように、サービス経済社会に突入し、かつ、高齢化と人口縮小が生じている日本においては、自分たちが産出する製品やサービスを「差別化」し、顧客からの認知レベル(=外とは違う/これが欲しい)を高めていくことが必要となります。

仮に、こうした取り組みを展開しなければ、顧客からの認知レベルが低下し、価格や利便性だけで価値評価されるコモディティとなってしまうからです。

実際問題として、この20年間、物価も給与も上がらず日本は「安い国」となっています。

要は、我々は、新しい時代に対応して、自らを差別化し、価値を高める取り組みを行わなければ、熾烈な価格競争に巻き込まれていくだけだということです。

多くの地域において、地域価値を高めていく可能性をもった手段が「観光振興」です。観光を通じて高まった地域に対するイメージは、他の製品やサービスにも派生し、さらには、クリエイティブ・クラスの人々の呼び込みにも繋がりうる手段だからです。

ただ、単純に観光振興を行えば、自動的に付加価値が高まるわけでもないですし、クリエイティブ・クラスの人が注目するものでもありません。

前述したように、サービス経済社会は原価の積み上げによって価値が決まるわけではありませんから、誠実に努力を積み重ねれば価値が高まるものでもありません。

まず、観光振興の取り組みと、観光客の獲得は、必ずしも直線的な関係にはありません。その地域が持つ資源性や立地、これまでの顧客との繋がり方、競合地域の動向など、様々な要因が影響するからです。

さらに、明確な「差別化」が出来ていなかれば、仮に、観光客が来たとしても、それは「安いから」来ているだけかもしれず、価値を高めることには繋がりません。むしろ、コスト割れを起こしている状態かもしれません。

観光振興と地域価値の向上につなげていくには、表層的な集客策に終始するのではなく、地域はどうありたいのかという水準から、住民のライフスタイルも含めて見つめ直していくことが必要でしょう。

つまり、地域住民向けの多様な政策(都市や教育、文化、医療など)と組み合わせた形で観光政策は展開していくことが必要となります。私の経験で言えば、京都市は、これに近い政策を展開しています。

はじめから、そういう視点で観光政策を展開することは難しいですが、観光の存在が地域において大きくなってきたら、行政内部を組み換え、相乗効果が発揮できるようにしていくことが重要となるでしょう。

一方、地域が観光振興に取り組むのは、義務ではありません。観光に頼らず、他の手法で価値創造に取り組める地域であれば、敢えて、観光を選択しないという判断があっても良いと思います。

観光が地域振興に対してもっているポテンシャルとリスクを把握した上で、観光振興のあり方について検討していって欲しいところです。

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