冬に向かい、第3波の襲来も指摘される現在、事業経営の環境に合わせた展開は待ったなしの状況となっている。

「経営」は、もともと、外部環境の変化に対して、適切な対応を行いながら組織の持続性と収益性を高めていくことにある。現在のように経済環境の悪化が予想される状況においては、事業で生じる出血を最小限に抑え、景況が良化していくタイミングまで耐えていく…というのが基本路線となる。

ここまでは、経営者であろうと、従業員であろうと、認識に大きな差は無いだろう。

両者に大きな違いが出てくるのは、どのように止血するのかという手段の部分である。

一般によく知られているコストには、大きく2つの種類がある。一つは、固定費(Fixed Cost)。もう一つは、変動費(Running Cost)。前者は、事業を行う上で固定的に発生する費用。後者は、事業の展開規模によって変動する費用だ。

需要が無くなれば、変動費は発生しないが、固定費は厳然として残る。固定費の筆頭は、人件費であり、更には家賃とか、借金に伴う返済金などとなる。需要がなくなり、売上が下がれば、収益が固定費を下回るようになり、赤字となる。ので、この赤字を止めるために、固定費の削減に手をかけていく…というのが、基本的な対応策となる。

ただ、これは、いわゆるPL(損益)の世界からしか見ていない。経営者の立場から見ると財務は、BS(バランスシート/貸借対照表)からも捉える必要がある。

BSは、資産 VS 負債+純資産で示されるが、我が国の多くのホスピタリティ産業は「固定資産」と「負債」が多い構造にある。端的に言えば、長期ローンによって、多大な不動産、設備を自らが所有し、それを元に事業を行っている構造にある。

サンク・コスト・バイアス

さて、この状況において、今回のような厳しい状況に置かれた場合、どういった経営判断が有効なのか。

まず、最も基本となるのは「将来的な展望」をどう持つのかということにある。端的に言えば、将来的に、自身の事業が黒字事業となっていく見込みがあるか否かの判断である。ただ、環境変化が激しい現在、10年先のことは誰も展望することはできないから、将来と言っても、せいぜい5年程度という時間軸となるだろう。

存続させるべき事業は、黒字化が期待できるだけではなく、他の事業よりも、自身が持つ経営資源を効率的に運用できる、成果につながる事業となる。経営資源は有限だからだ。

現実的に、こういう検討をした場合、「将来は不透明だが…」と考えてしまう事業が多いだろう。が、それでも、それらの事業が継続されていくのは、「これまで、その事業に多くの投資をしてきたから」という想いがよぎっていることが多い。

この「これまでの投資/意思決定」が、「これからの投資/意思決定」に影響を及ぼしている事例は多い。というか、それが「標準」と言ってよいだろう。

ただ、これは経営学的に見ると「持続的に赤字を出していく」ということになる。そこで、「サンク・コスト(Sunk Cost)」という概念が重要となってくる。このサンク・コストは、埋没費用とも言い、事業の縮小や撤退によって取り返すことのできない投資や労力のことだ。「せっかく対応したのに、もったいない」と思うコスト、費用のことだと思えば、良いだろう。

このサンク・コストに、意思決定が引っ張られるようになるということは、過去に現在が引っ張られるということになる。過去ではなく、未来を考える上では、サンク・コストは一旦、脇におき、自身が持っている経営資源の将来に向けての最適化という視点から、経営方針を考えていく必要がある。

過去の投資額ではなく、これから、何が利益を生み出していくのかという視点から、経営資源の棚卸しを行うということだ。

この考え方、ロジックは、持続的な経営を担う経営者という立場で言えば正しい。ただ、経営者は「金」のためだけで動いているわけではない。経営者としてのロマンもあるだろうし、社会的な関係性もある。場合によっては、親を含む先祖への想いもあるだろう。ある意味、こうした諸々の想いの一部も、サンク・コストであるのだが、人はロジックだけで意思決定することは難しい。

こうした「想い」が、いわゆる伝統産業を存続させたり、新しいフロンティアを開拓したりすることも事実であり、全面的に否定するのも忍びない。それ自体が、情緒的で、非合理な判断だとしてもだ。

ただ、世の中は、基本的に競争社会である。冷血と言われても、合理的な意思決定を行う地域や事業者と、過去に引きづられる地域と事業者とでは、時間経過の中で、相対的な競争力に差が開いていくことになるだろう。これは、地域の伝統的な旅館事業者が厳しい経営となる一方で、いわゆる外資系のホテルチェーンが伸長していくということでも、実証されている。

情緒的な判断を行う「経営者」は、その「甘さ」も含めて、戦闘力の高い経営戦略を作っていく必要があるだろう。それが、従業員や取引先に対する経営者としての責務であると考える。

地域側にとっても重要な概念

また、地域においても、サンク・コストという概念があり、「合理的な」経営者は、その概念を元に、将来的な意思決定を行う傾向が強まっているということを認識すべきである。

なぜなら、そうした「合理的な」経営者は、過去の経緯はともかく、将来性が見込めない(それも絶対的ではなく相対的に)場合には、多大に投資をしてきた事業であっても撤退することも厭わないからだ。多くの場合は、「他者への売却」という形での撤退となるだろうが、オーナーチェンジが生じれば、取引関係などにも大きな変化が生じることになるし、企業が地域に対して行ってきた各種の「配慮」も引き継がれるとは限らない。

地域魅力の創造において、原動力となるのは民間事業者の事業活動である。地域の施政者は、その民間事業者が、どういった経営モデルで経営を行うのかということを、しっかりと把握し、その意思決定を誘導するような仕組み、仕掛けを提供していくことが重要となる。

「これまで多く投資してきたから」とか「長い付き合いだから」といった話で、一方的に安心することは危険である。サンク・コスト概念が、経営の基本となればなるほど、過去ではなく、未来で判断されるようになるからだ。地域としては、事業者が抱える背景、意識、行動論理も踏まえた上で、WIN-WINの関係になるように地域と事業者とのパートナーシップを構築していくことが必要だ。

今後、コロナ禍が、どのように展開していくかはわからない。ただ、一つ言えることは、世界的な規模で生じた、このクライシスに対応していくには、事業者だけでも、地域だけでも無理だということだ。

既に大手事業者から、大規模なリストラ計画が発表されているように、多くの事業者が、重大な経営判断を求められるようになっている。大きな、社会経済環境の変化は、むしろ、これからが本番となろう。

来たるべき変化に向けての準備を進めていくことが必要である。

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