無理ゲー状態の行政課題

マーケティングと地方政策」で示したように、地域が観光振興のために行うマーケティングの原資は、国から提供されるべきものではなく、地域自らが戦略的に経営資源を傾斜配分させて捻出すべきものである。

ただ、現在、地方自治体は多様な行政課題に直面している。少子化、高齢化、人口減少はその筆頭だが、道路や橋、学校や病院といった公共インフラ・施設の老朽化、地場産業の衰退などなど。

これら行政課題は「待ったなし」の状態にあり、どういった戦略眼を持った人が首長であったとしても、避けては通れない。一方、サービス経済化への対応は「先送り」できる課題であり、実際、多くの自治体が旧来型の地域政策を主体としてきた。そのパンドラの箱が空いたのが、地方創生であったと言えよう。

ただ、地方創生で観光や医療福祉といったサービス経済への注目が高まったとしても、資金が沸いて出てくるわけではない。そうした「気付いてしまった」自治体からしてみれば、既に対応に追われている課題に加え、観光振興にも取り組むというのは、ほとんど「無理ゲー」状態である。

そのため、「国」への支援を求めることになる訳だが、その国の対応が「マーケティングのベースラインをあげ、混乱の原因にもなり得る」という事を、先日のコラムでは指摘した。
さらに問題なのは、国の支援は一時のものであり、その後の自走は地域で行う必要があるということだ。

地方自治体の財政構造

スタートアップ時に、国の支援を受け、観光を立ち上げることができれば、後は、増大した税収を元に自走していく…というのが、一般的に理解されている地域振興の構図であるが、これがなかなか難しい。

その理由は、地方自治体の財政構造にある。

地方自治体は、自身の税収で足りない部分については、人口や面積などから機械的に算出された「基準財政需要額」に基づき、国から交付税などで補填される構造となっている。

基準財政需要額は、自治体運営の最低ラインであり、一般的な行政課題に対応していくので精一杯である。そこで、地方自治体は、自身の税収を基準財政需要額を上回るところまで増大させ、投資余力を引き出すことが重要となる。

市町村の場合、その独自税収は住民税と固定資産税の2つで、ほぼほぼ全量となる。
住民税は、就業者数×所得が増えることで増大し、固定資産税は新規の建物建設または土地の値段の上昇によって増大することになる。これらは、「観光振興」が成功することで増大する性格を持つため、「頑張ればなんとかなる」と思える。

しかしながら、ここで、最大の問題となるのは、もともと歳出に対して3割程度しか税収が無いという事実である。観光振興に成功したとしても、住民税や固定資産税が3倍以上に増大するというのは、想定しがたい。

さらに、住民税や固定資産税の増大は、同時に規模の拡大(人口数や開発面積)も引き起こす。このことは、行政支出も増大させ「基準財政需要額」も引き上げることになる。これは、地方自治体が「使える」資金量を増大させる事になるため、人口増=地域振興という図式が定着している。
しかしながら、規模が拡大するということは支出も増加するということになる。そもそも、市町において住民1人あたりの行政コストは20〜40万円/人となっている。これを単純に標準課税率で割り戻すと1人当たり400〜900万円程度の給与所得に相当し、それ以下の「新規住民」の場合、自治体としては「黒字」にならないことになる。

扶養家族を含めた世帯単位では更にハードルが高くなることに加え、宿泊業・飲食サービス業の平均給与所得は236万円(平成27年度民間給与実態調査)であることを考えれば、仮に観光振興に成功したとしても、その税収増によって、地方自治体の財政を「劇的に好転」させることは難しいことが解る。

さらに、人口縮小社会において、自然減>社会増であれば、基準財政需要額が上がることもなく、新規住民への対応に経営資源が割かれることにもなる。

つまり、何らかの投資によってスタートアップに成功したとしても、その後の観光振興に必要な原資を税収から確保する事は困難である。

持続的な投資が必要な「観光振興」

では、スタートアップをうまく行う事で、後は、行政は関係せず、民間だけで自走していくことは可能だろうか。

これも残念ながら「ネガティブ」だ。

競争環境である以上、観光地マーケティングは継続的に行う必要がある事に加え、観光客数の増大は、地方自治体の支出を増大させることになるからだ。

例えば、ゴミ処理や医療対応(救急車)、防犯対策は、観光客が来れば増大することになるし、案内看板や観光案内所、公衆Wi-Fiといった対応も求められ、それらには持続的にメンテナンス費用が発生する。
「民泊」は、2018年6月から合法化されるが、これは他方で「違法民泊の取り締まり」が新たな行政課題となることでもある。
また、訪日客の増大は、外国人居住者を増大させる効果もあるから、各種の行政サービスにおいて海外の言語や文化に対する対応も拡げなければならない。
さらに、就業者は、シフト制勤務が多いため、保育園や学童保育といった福祉面でも幅広い対応が必要となる。

これらは民間ではなく、行政が関わっていくことが求められる。

つまり、地域経済に影響を及ぼすレベルにまで観光振興がなされれば、地方自治体は負担増となるため、行政サービスや課題対応を削って対応するのか、観光振興を止めるかという選択を求められる事になる。

法定外税という「別枠会計」

なんとも閉塞感のある現状だが、これを打破する仕組みは、実は既に用意されている。

それは「法定外税」という制度である。

総務省の基準財政収入額の資料が示すように、法定外税(普通税、目的税ともに)は、基準財政収入額において算定対象となっていない。つまり、住民税や固定資産税とは異なり、法定外税によって税収が増えても基準財政収入額は増えない。基準財政収入額が増えなければ、交付税が減らされることもない。

よって、仮に、この法定外税を観光客数と連動する形で設定できれば、原理的に、観光客が増えれば地方自治体が使える資金量が増大することになる。

これが、一般的に「宿泊税」と呼ばれるものである。

我々は、とかく「税」と聞くと、拒否反応を持ってしまいがちだが、前述してきた地方自治体の財政構造を考えれば、観光による地域振興を目指すのであれば、宿泊税など観光客数(や消費額)に連動した法定外税の導入は、必要かつ、ほぼ唯一の選択と考えられる。

実のところ、こうした観光系法定外税が必要となった背景には、地域振興における観光のポジションが高まり、その取り組みが幅広い地域に広まった事がある。

観光は総合的なまちづくりとも言われるように、ステークホルダーが多い。それでも、「顔が見える」ような規模感であれば、NPOなどで対応可能である。しかしながら、規模が大きくなってくれば、善意や人の繋がりに依存した関係性では対応が困難になっていく。その閾値がどこにあるかは地域それぞれであるが、どこかで制度として対応していく事が求められるようになる。

これは通常の企業に置き換えてみれば、自明だろう。

そうした「制度」の一つが、宿泊税等の法定外税だと言えるだろう。

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