日常生活での意識と行動

マーケティングの調査分析は、顧客の思考や行動、価値観を色々な切り口から見ていくことになる。

そうした取り組みを通じて見えてくることは、少し、極端な言い方になるが、人は自身の行動をさほど理性的、論理的に選択しているわけではないということだ。

プッシュモチベーションとプルモチベーションで示したように、人は目的と手段を連動させて行動させているとされるが、肝心のその「目的」は、必ずしも明確に意識されているわけではない。例えば、アンケートやヒアリングによって「なぜ、あなたはここにきたのですか」と聞いても、プッシュ/プルが混在した極めて不明瞭な答えしか得ることはできない。自分自身の心の内を論理的に整理し、言語化して表現できる人はとても少ないからだ。だからこそ、手段目的連鎖モデルなるものが提唱され、実際に起こした行動(手段)から潜在的な目的を探ろうという取り組みが出てくることになる。

そこで、私は、市場分析を行う場合、出来るだけ具体的な行動を尋ねるようにしている。「何をしたいと思うか」ではなく「何をしたのか」と尋ねるわけだ。また、その人の学歴や年収、ライフステージ(例:未既婚、子供の有無)、旅行時の同行者といった主観によって変化することがなく外形的に捕捉できる要素を盛り込むようにしている。

また、余暇時間だけでなく、日常生活における行動や意識についても尋ねるようにしている。旅行を含む余暇時間は、顧客の生活時間の一部でしかなく、圧倒的に長いのは日常生活だからだ。氷山は90%を水中に沈めていると言われるが、余暇時間だけを取り出して分析するのは、水上に出ている10%をみて判断するに等しい。氷山を考えるには水中に没している部分も含めることが必要であるのと同様に、余暇市場においても、顧客の日常生活での状況を把握しなければ、顧客を理解することはできない。

で、そうした分析から見えてきたのは、市場は大きく2つに区分されており、その区分は収入レベルと大きな関係を持っているということだ。

肉食系と草食系

草食男子といった言葉が出回って数年が経つが、余暇に関する市場分析を行なっていると、まさしく肉食系、草食系の2つに大きく区分できることが見えてくる。

端的に言えば、2つの市場の内、A群の人々は、社交的で何事にも積極的で、体を動かすことも好き…。B群の人々は、一人で過ごすのが好きで何事にも関心が低い…ということになる。

もちろん、旅行の実施率はA群が有意に高い。それだけでなく、例えば、普段着からファッションに気を使う率も、自動車への関心の高さも、アウトドア活動、体力づくりや健康のための運動、スマホでのゲーム、音楽鑑賞、友人との飲み会、外食などの実施率も高い。

例えば、相対的に「ちょっと高め」のアクティビティ系某スクールの利用者は、年間の宿泊観光旅行の実施回数が、全体平均の2倍以上であり、居住地もいわゆる「ブランド私鉄」沿線。その他のお稽古事もたくさんやっていて、ファッションも高級ブランドが普通といった人々が多く占める。

つまり、他者とのコミュニケーション、ファッション、各種のアクティビティなどは一人の人格の中で相互に関係し、不可分なものとして一体的に存在しているのである。

我々が対象としている「旅行」は、そうした各人が持つ志向の一部でしかない。

当然、マーケティング的にはA群がターゲットとなるわけだが、A群の人たちは、多方面にアグレッシブであるから、彼らの支持を取り付けるには、地域側も多方面で対応できないと厳しい。例えば、主たるコンテンツが温泉であっても、それだけではダメで、空間を含めて全体として高いセンスと、複合的なサービス集積が求められることになる。

一方、B群は旅行の実施率は有意に低いが、かといってゼロでは無い。B軍の人たちは、特定分野に対するこだわりは強いことはあっても、コミュニケーション/ファッション/アクティビティの相互連関が弱い(それぞれの欲求が低い)ので、その「こだわり」部分を強化することができれば、支持を取り付けることは可能となる。

つまり、地域によってはB群をターゲットとする方がベターとなるケースもある。これは、地域特性によって変わってくることになる。

マズローの欲求5段階説

A群、B群の志向や行動を見ていて、ぼやっと浮かび上がってきたのは、マズローが提唱した欲求5段階説である。これは人の欲求を、生理的欲求->安全の欲求->所属と愛の欲求->承認欲求->自己実現の欲求と欲求のレベルが上がると整理したものであるが、A群の人たちは、承認欲求や自己実現欲求といった高次の欲求を示す傾向にあるからだ。

例えば、A群では趣味やレジャー、スポーツを楽しむときは道具やファッションにこだわる」という率が高い。レジャーやスポーツは、自己実現欲求の一つだが、同時にファッションにもこだわるということは承認欲求も併せ持っていることが伺える。対してB群では「趣味や遊びは人と一緒にやるより、一人でやる方が好きだ」という率が高く「人付き合いは面倒だと思う」という率も高い。これは安全欲求の段階と整理できる。

欲求5段階説は古典的な整理であり、解釈余地も広いものではあるが、A群、B群の相対的な関係を示すものだと考えることができる。

所得水準との相関

その上で、意識をしておくべきことは、所得水準によってA群とB群は区分される傾向にあるということだろう。

橋本(2018)では、所得水準と就労環境から社会を階層的に区分している。このラベルのつけ方などは個人的に好きでは無いが、現実問題として余暇活動の実施率などは所得と連動する部分は多い。

端的に言えば、橋本のいう新中間階級以上がA群、労働者階級以下がB群ということになる。
細かい部分(年収の区分など)については、私の市場分析の結果とズレもあるが概ね同様である。何れにしても、所得と就労環境が欲求のレベルも規定してくるというのは、なかなかにシビアな実態である。

なお、もちろん、統計からみた区分であるから、所得が高くてもB群という人もいるし(例:貯蓄志向が高い)、その逆もある。これは橋本の整理で、階級によって未既婚率が変わるが、ある階級では100%結婚していて、ある階級では100%が未婚とはならないのと同様である。

顧客を理解するということ

このように顧客の行動は、それぞれが独立しているのではなく、背景には顧客が置かれている社会経済的な環境や、学歴を含む育ってきた環境がある。

そのため、余暇活動の時間だけを切り出して、その特性を理解しようとしても、限界がある。

観光地マーケティングの展開にあたっては、対象者を「ペルソナ」として人格を持った一人の人間というように捉え、その人の日常生活における行動や価値観にも思いを馳せることが重要となることを意識しておきたい。

 

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