胆振東部地震から、二週間あまり。本格的に顕在化してきたキャンセルによる損害に対して、いわゆる「ふっこう割」の導入が言及されるようになった。

 政府は21日、北海道で最大震度7を観測した地震による観光への影響を払拭するため、宿泊割引制度「ふっこう割」の導入を決めた。北海道全域を対象に早急に計画をまとめる。北海道では全域で旅行キャンセルが相次ぐなど風評被害対策が急務となっており、割引制度導入で北海道観光の復興を図る。

産経新聞、9/21(金) 15:21配信

熊本の地震以降、西日本の豪雨災害でも実施され、今回の胆振東部地震でも実施される見込みとなった「ふっこう割」。一般化してきた現状だからこそ、改めて、その意義や位置付けについて整理をしておきたい。

観光サービスは損害を算出できない

従来より、農業や製造業については、台風や地震と行った被害に対する回復策が用意されていた。例えば、農業に関しては「農業共済」という制度が設けられており、損失補填されるようになっている。この農業共済の掛け金の半額は国であり、公的な保険制度だと考えられる。さらに、大きな災害の場合には、各種の支援策が展開されるのも通例となっている。
また、製造業については、地震保険など保険によって設備の損害については対応できるようになっていることに加え、大きな災害の場合には、雇用調整金やグループ補助金などが展開されることで、雇用や設備の維持、回復がしやすくなっている。さらに、被災後の復旧、復興事業が展開されることで、潤沢な需要が生まれ損失を事後に回復できる可能性もある。

参考) 震災 1 年後時点での県内経済情勢(総括)/日本銀行熊本支店

これに対し、観光サービスは、災害に対して脆弱な状態にある。製造業と同様に、地震保険などに入ることで、建物や設備に保険をかけることが出来るが、需要面についての対応が困難だからだ。

農業や製造業は、発災の時点で、需要に関する損害も確定する。栽培中の農作物や生産ラインにある製品が物理的な損害を受けるし、農地や生産ラインが復旧するまでに生じる生産ロスも機械的に算出できる。

一方で、観光サービスでの需要損失は、発災時点ではなく、それから数ヶ月に渡って生じることになる。こうした需要損失は、キャンセル数と、それに伴う損害額で示されることが多いが、これは、不十分で不確実だ。

キャンセルは、予約が取り消されることだが、宿泊施設にとって予約は約束された利益とは言い難いためだ。仮に災害が起きなくても、一定程度はキャンセルされることになるし、逆に、新規の予約が入る場合もある。予約の直前化が進んでいることを考えれば、「ちょっと先」の予約は発災時にはほとんど入っていないことになる。
「ちょっと先」以降となると、ダイナミックプライシングの世界が横たわる。この世界では、需要獲得は、価格設定次第となる。同じ部屋であっても、予約時期や条件によって価格は変動するから、災害による影響を切り出すことは極めて難しい。

そのため、確定した損害に対する補償という従来型の補償制度で対応ができない。

宿泊需要の喪失の影響は宿泊施設のみに止まらない

仮に、なんらかの方策によって、災害による宿泊需要減を特定し、金銭価値として算出できたとしても、次の問題が横たわる。それは、宿泊需要が失くなるということは、宿泊客が地域に来訪しなくなるということであるため、彼らが行うはずだった飲食や買い物、アクティビティといった需要も同時に喪失する。この対応をどうするのかという問題である。

宿泊施設以上に、その損害額の算出は難しいことに加え、誰が被害者なのかの特定も難しい。だが、そこから引き出されるダメージは、ボディブローのように地域広域に広がることになる。宿泊施設だけを金銭的に救っても不十分だが、とは言え、関連事業者に広く補填するというのは非現実的である。

需要を失わないようにするという発想の転換

こうした袋小路とも思われる状況において考えられたのが、「ふっこう割」という需要側に投入する仕組みである。

農業や製造業のように確定してしまった損害に対応しようとするのではなく、これから受ける損失を最小限にするという発想の転換である。

発生していない損失に対して、先手を売って公金を投入するというのは、以前であれば議論すら難しかったが、観光による地域振興に注目が集まっている中、実現できるようになった制度だと言える。

問題は投入タイミングと投入先

割引をすることで、失うかもしれない需要にテコ入れを行う「ふっこう割」が有効に機能するには、その実施タイミングが重要となる。「発災したら復旧ロードマップを作ろう」で整理したように、発災時から復旧するまでの観光客数の動きは以下のように整理できる。

損害を最小にするには、停滞期を短縮することが基本となる。ただ、現実はそう簡単でもない。

まず、現行のふっこう割は、国レベルの補正予算措置が前提である。そのため、どれくらいの予算規模にするのか、どういうルールにするのかということを決定し実行するには、月単位の時間がかかる。もっと言えば、必ず実施されるという保証もない。

次に、観光地にはオンとオフがあるということだ。ふっこう割は回復期を早める効果が期待できるが、闇雲に早めれば良いということにはならない。なぜなら、オフシーズンにふっこう割を導入しても、基礎となる需要レベルは低いため暖簾に腕押し状態となるからだ。
例えば、今回の胆振東部地震において、ふっこう割を11月に投入したとしても、11月はオフシーズンであり、その効果は期待できない。理想は9月中に投入し10月の紅葉シーズンに間に合うことだが、前述のように、それは難しい。
となれば、11月に慌てて投入するよりも、ちゃんと準備をして12月に投入した方が効果的となる可能性がある。

最後に「割引」をどのように実現するのかということである。現在のふっこう割は、いわゆる旅行会社とセットとなっている。これは現状、現実的に旅行という行為を追跡する手法がそれしか無いということでもある。そのため、宿泊施設に直接予約する場合に、ふっこう割が対応するのは難しい。が、経営に努力している宿泊施設は、直接予約を増やす方向で取り組んでいることを考えれば、この方式が最適とは言い難い。

制度の洗練と、準備が必要

観光が地域経済と密接な関係を持つようになった一方で、災害が頻発するようになっている現在、災害が引き起こす損害を最小限に抑える仕組みとして「ふっこう割」は大きな意味を持っている。

しかしながら、ふっこう割は、現状、一品生産の施策であり、災害後の混乱の中で作られるものとなっている。そのため、その発動タイミングや発動内容も定まっていない。

災害が頻発する中、観光産業(ホスピタリティ産業)が、ある程度、安心して投資をしていくためには、ふっこう割を、災害発生と連動して自動発行するような制度としていくことが必要だろう。例えば、農業共済のように、国と事業者がそれぞれ掛け金を積み上げる保険制度は一つの形となる。

保険制度として成立させるには、掛け金と保険金とのバランス設定が重要となる。そのためには、予想される損害、ふっこう割投入による回復効果などを機械的に算出できる仕組みが必要となる。もちろん、政策的な観点から上下させることはあるとしても、基本的な係数を定めないことには、保険制度とすることはできない。
そのためには、宿泊周りの統計を、しっかりとさせることが重要となる。検討のベースとなる数値が必要となるからだ。

また、農業と異なり、その補償金は宿泊施設に入るのではなく、需要側に入ることになる。これが制度設計においては大きな論点となる。旅行会社経由だけでなく、直販にも対応できるような仕組みを検討する必要がある。

需要について更に言えば、出張のような災害発生に関わらず発生するような需要への対応をどうするのか、地元需要をどうするのか、インバウンドはどうするのかなどなど、決めなければならないことは多々ある。

熊本地震で効果を上げた「グループ補助金」は、東日本大地震での取り組みから整理された制度である。ふっこう割についても、施行実績を分析していくことで、制度を洗練させていくことが求められる。

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