Discussion of Destination Branding.

強いホスピタリティ企業を作る方法

アメリカに「1日のリフト券が2万円」、「1日のグループレッスンが2.5万円オーバー」というスキー事業者があります。その名は「ベイル・リゾート」。

今や、世界最大のスキー事業者であり、北米だけでなく、オーストラリアにもスキーリゾートを所有し、日本の白馬ともチケットの相互乗り入れを行うなどアジア太平洋地域にも進出してきています。

米国内では、対抗の企業グループも出てきていますが、現状、向かう所敵なしというのが「ベイル・リゾート(以下、VR)」です。

なぜ、ここまで強大なリゾート事業者が創造できたのか。本稿では、私なりの解釈にて3点、示しておきたいと思います。

1.キャッシュフローを強化した

観光事業は、お天気商売です。特にスキーリゾートは、雪が降らなくても、降りすぎても客足が落ちるという厄介な事業です。
実際、2018年11月現在、日本は記録的な「小雪」状態にあり、スキー場の開業が軒並み遅れている状況です。

こうした状況に対し、VRがとった取り組みは、当日売りのリフト券から、前売りのシーズンパスに売り筋を切り替えるというものでした。

2008年。当時、VRやライバルとなるアスペンでは$1,800~2,000でシーズンパスを販売していましたが、VRは$579で販売し、同時に、当日売りの1日券(Walk-up Single-Day)は値上げする(2007/08:$92->2008/09:$97)というマーケティングに打って出ます。

つまり、それまでは概ね20日以上滑らないと元が取れなかったシーズンパスを、6日あれば元が取れるものにしてしまったわけです。

その後も、早割で最も安いシーズンパスは、$639スタートでさほど値上がりしていません(ただし、販売時期や条件で、値段は様々) が、当日売りの1日券は値上げを続け、2014−15年には$159、2016−17年には$175オーバーにまで値上りしていきます(日によって価格変動もする)。

つまり、この10年でシーズンパスは110%なのに、1日券は190%まで上昇したわけです。

当然、顧客の多くは前売りのシーズンパスを買い求めるようになります。
シーズンパスは、早いものでは、4月から販売されます。早期に購入するほど有利な条件となっているため、「来年も行こかな」と思った顧客は、前年度のシーズン終了のスグ後に、次年度のパスを購入することになります。

その結果、VRとしてはシーズンが始まる前に、一定の索道収入をキャッシュで得ることができます。

しかも、このキャッシュは、降雪量や天気などに左右されません。
実際、昨シーズン(2017/18)、コロラドは深刻な雪不足に見舞われましたが、リフト券は、シーズンパスとして冬に入る前に購入してもらっていますので、経済的な損失は最小限に抑えられたと推測できます。
※雪がなく、来訪者が減れば、宿泊や飲食、スクールなどの収益は落ちるので、損害はゼロとはなりません。

2.スキー場での経験価値の向上に資金を投入した

事業に必要な資金を得たVRは、自身のスキー場で顧客が感じる「経験」の質を高めていくことに注力します。

例えば、以下の写真。ゴンドラなのに地上レベルにあり、乗降場は完全フラット。それだけでなく、これ長さが522m、標高差は102mしかありません。

なぜ、そんな小さいゴンドラを作ったのかといえば、初心者がスキーレッスンするゲレンデがあるから。スキーに慣れていない人たちでも、恐怖感や不安感なく「上」に上がり、広々としたところでスキーレッスンをしてもらうために作っているわけです。

このゴンドラに限らず、VRのゴンドラはピカピカでアクリルに傷がありません。だから、ゴンドラ内から雄大な景色を眺めることができます。
実は、傷は結露を落とそうとしてストックなどでゴシゴシやることでつくわけです。であればとVRでは、結露が生じるようなところでは、わざわざ、車庫を作り、そこに毎晩格納することで結露を防いでいるのです。

しかも乗降場の周辺はロードヒーティングによって、雪も氷もありませんし、そもそも、改札ゲートすらありません。リフト券の確認は、ICチップによって遠隔で可能だからです。

そういう搬機だから、スキーをやらない人が食事などのために、使うトランスポーターにもなれるわけです。

こういう投資は索道関連だけに止まりません。

ゲレンデ内のレストランなのに、ゆっくりとアッパーな食事ができるレストランがあったり、暖かい屋内に入るところではティッシュが配られていたり、当然、トイレなんかも綺麗で、トレーの紙ナプキンですらデザインされています。

レストランを含む各種施設や設備の外観も、一定のテーマのもとに統一されており、納屋にしか見えないリフト山麓駅とか、擬木化された携帯電話アンテナなんてのもあります。

擬木化されている携帯電話アンテナ

実は、視覚は満足度の形成上、もっとも重要な因子の一つであり、ガチャガチャな景観が視覚に与えるストレスは結構高いのですが、それに対する対策をしっかりと展開しているわけです。

肝心要のゲレンデも、毎晩きっちりグルーミングした上で、膨大なコースの状況を容易に把握できるように前述のアプリ、ゲレンデ上の固定サイン、そして毎日更新されるグルーミングレポートを提供。さらに、危険な箇所はネットやサインがしっかりと整備されており、人が多くなる下山時には監視員も出てきて安全管理を徹底し、危険行為をする顧客の場合、リフト券を取り上げることもあります。

単にゲレンデが広いとか、良いバーンがあるということではなく、顧客の「経験価値」を高めるために膨大な検討と行動、投資を行なっているのがVRであり、それがVRの競争力の源泉となっています。

3.CRMで顧客を囲い込んだ

シーズンパスへの切り替えと、良質な経験は顧客の囲い込みにも繋がります。

6日あれば元がとれるとはいえ、シーズンパスを持っていれば、他のスキー場に浮気することは少ないからです。それも、相対的に高い経験価値を提供してくれるスキー場であれば、尚更です。

さらに、VRは、リフト券(当日券を含む)と連動するアプリを開発し、顧客とのコミュニケーションを強化していきます。それが、EpicMixアプリです。

EpicMixアプリは、2010/11シーズンより登場。
その後、写真機能追加(2011)、レース管理機能(2012)、スクール機能(2013)、ガイド機能(2014)、リフト稼働情報(2015)と機能を追加していきます。

リフト券自体は、ICカードで存在していますから、このアプリが無くてもスキーを楽しむことはできます。が、このアプリがあると、さらに、「経験」が高まるという仕組みになっています。

例えば、写真機能は、ちゃんとした技術と機材を持ったスタッフに、絶景のフォトスポットにて撮影してもらった写真が、クラウド経由で飛んでくるという機能。これ、米国ではWDW(ディズニー)などテーマパークにあるサービスですが、とっても面白い。今や、自分たちで写真はガンガン撮れる時代ですが、自撮りじゃ近すぎるし、誰かに頼むのも面倒。セルタイマー使うなら三脚が必要…と実は、グループ写真を撮るのは、今でも鬼門。これをあっさり解決し、さらに高品質となれば、使わない手はない。と思わせる。

そうやってアプリを使うと「楽しい」という風に持っていくことで、アプリを入れてもらう。で、アプリが入れば、VRとしては顧客管理がアプリとメールにて対応できるようになる。使うたびに、VRにマーケティングデータが飛んで行っているんだろうなぁと思っても、便利さ、楽しさには敵わない。

もちろん、SNSを使ったデジタルマーケティングも徹底していて、膨大な情報が発信され、コミュニティが形成されています。

北米とは言え、スキーに時間と費用をかけられるセグメントは限られています。そうした「スキー・LOVE」なセグメントの人たちのロイヤルティを獲得してしまえば、もう負ける要素は無くなります。

リゾートの生産性を作るもの

このように、VRの競争力は、ファイナンスの確保、顧客の経験価値の向上、そして顧客の獲得という3項目を相互に連携しながら、サイクルを作っていくことで持続的に形成されています。

これは、以前、「戦略的発想とは何か」にて整理したBSC(バランススコアカード)の基本フレームにほぼ、そのまま当てはまります。

また、VRの競争力の源泉となる「顧客価値」について見れば、VRIOという競争力の評価フレームに適合していることがわかります。

つまり、VRは奇をてらったことをしたわけではなく、古典的な経営理論を愚直に展開しているに過ぎません。「シーズンパスを安売りする」という発想は、なかなかに画期的なアイディアであったとは思いますが、BSCのサイクルを作るためにファイナンスに手を入れたというのは、順当な取り組みだったと言えるでしょう。

我が国のホスピタリティ産業の生産性向上においても、BSCやVRIOを念頭に各種の取り組みを進めていくことが重要でしょう。特に、ファイナンスについては、色々な事業手法、ファイナンス手法が生まれている現在、まだまだやれることは多いと思っています。

大阪万博2025の開催も決定しましたが、国際的な競争環境も激化している中、残された時間は少ない…というのが私の現状認識です。

Share

One thought on “強いホスピタリティ企業を作る方法

  1. Pingback: 「悪の帝国」に対抗した町 | Discussion of Destination Branding.