私のブログを読んでいる人はおわかりだろうが、私は、観光産業(ホスピタリティ産業)の生産性に注目している。これは、観光を地域振興の手段として使うのであれば、観光客数が何人来たとか、消費額がいくらだったという話ではなく、そこで働く人が「いくらの給与をもらえるのか」ということが重要だと考えているからだ。

一定の報酬が約束されているのであれば、人々は、その仕事に情熱を持ち、安心して取り組めるし、地域に根を下ろした生活も可能となる。これが広がれば、現在、地域が直面している様々な問題の多くは解決されていくだろう。
逆に、雇用があっても、報酬が低ければ、人々は積極的に、その仕事に就きたいとは思わないし、もっと良い働き口はないかと考えるだろう。当然、その仕事をより良くしていこうというモチベーションも生まれにくい。それは、人材の定着とスキルアップを妨げることになる。

宿泊業の生産性は、稼働率の高低と分散によって過半が規定されるから、生産性を高める(=給与を高める)には、まずは、地域内の宿泊施設の稼働率を高め、安定させることが有効である。

その稼働率対策を行うのが、DMOであるわけだが、稼働率向上&安定だけでは生産性向上には限界もある。それは宿泊事業のB2B(資材やサービスの調達)やB2E(雇用)の効率性は、立地している地域のクラスター形成状況に影響されるからだ。

実際、経済圏の人口規模によってサービス業の生産性が大きく変化することが確認されている。これは「集積の経済」と呼ばれる現象であり、都市形成の原動力と指摘されるものである。

さて、日本で観光が政策的にこれだけ注目されているのは、地方創生の文脈が大きい。人口減少社会において、交流人口によって地域の活性化を図っていこうというものとなっている。

が、ここで矛盾を感じないだろうか。

生産性が、地域の産業集積(クラスター)に影響されるということは、生産性の向上と、格差是正には、トレードオフの関係があるからだ。

インバウンド客のゴールデンルートへの集中が問題とされているが、生産性の向上の立場から見れば、むしろ、特定の地域に需要を集中させ、集積の経済を進めた方が効率的である。
これは働く人の立場から見ても明確であり、例えば、先の統計データを用いれば、宿泊・飲食業に勤めるのであれば、その就労者は、大規模経済圏に引っ越せば、1割以上、所得を増やすことができることになる。
人口縮小社会の中で、人手不足が顕在化している現在、日本全体の経済で考えれば、限られた労働力を日本全体で効率的に配分していくことの方が重要だという立場も取れるだろう。
ただ、これは地域間の格差を更に高めていくことになる。

これに対し、地域間の格差を是正しようという立場から見れば、ゴールデンルートへの集中はそれ自体が是正すべき事象であり、満遍なく地域に人々が回っていくことが目指されることになる。成熟社会と呼ばれ閉塞感が高い中、インバウンドという新しい需要が生まれている観光領域に地域が取り組むことは、政策的な判断としては適切だという立場も取れるだろう。
ただ、これは仮に成功しても生産性の平均を引き下げることになり、限られた労働力を非効率な状態におくことにもなる。

需要を失い衰退する地域の振興と、生産性向上とはトレードオフの関係性にある

このように、生産性向上と格差解消はトレードオフの関係にあり、どの立場から見るかによって求められる取り組み、政策は異なることになる。
ただ、「集積の経済」は民民の自由な関係性の中で生じるものであり、それは正の効果だけでなく、負の効果(混雑や治安悪化、価格の高騰など、いわゆる都市化に伴う問題)も生じさせる。また、限界集落や過疎地域など低成長地域における生活や文化の維持継承は、同じ国に住む共同体として重要な課題である。格差が広がれれば広がるほど、その維持継承の難易度は高くなる。
すなわち、極端な格差が生じれば、結局は、そこから生じる負の効果に対応する社会的な負担が大きくなっていくことになる。民民で解決できない問題であるからこそ、行政が政策として介入するという意義は否定されるものではない。
が、観光は、国際的な競争環境にあるから、国内だけを見た極端な格差是正策は、本来、得られるはずだった生産性向上、観光競争力強化の機会を喪失させるリスクもある。

こうした矛盾への対応は難しいが、まず必要なことは、「我々は矛盾することを目指している」ということを認識することだろう。その上で、生産性向上を目指すのか、格差解消を目指すのかを、それぞれの立場において選択し、展開していくことが重要と考える。

物事は諸事万端、パレート分布する。
これを踏まえれば、競争力を持った上位2割(〜3割)の地域においては、生産性の向上が基本政策となり、残る8割(〜7割)は格差是正に向けた取り組みが基本政策となる。
また、「国」や「都道府県」レベルで考えれば多数となる8割が対象となるから、格差是正が基本政策となる。

つまり、国や都道府県、及び多くの地域は生産性向上よりも、まずはインバウンド需要を取り込み、そこから一定の効果を獲得することを主眼とする。これは、現在の観光政策の流れと基本的に一致する。
これはある意味、時流に乗った取り組みとなるが、生産性の向上とは構造的に相性が悪いため、人手不足に直面することになり、また、経済的な波及効果を広げていくことも難しくなる。
これに対応するには、年間の観光客数よりも、既存施設の稼働率を高め、オンオフ格差を低減していく取り組みを展開していくことが重要となるだろう。

一方、先行する上位2割の地域は、「世界」を競争先としてガチンコで戦っていく必要がある。しかも、(前述の理由から)政策的に、国や都道府県からの支援は薄くなるし、競争に勝つためには独自性が重要となるから、自力で対応していくことが求められる。具体的には宿泊税などの独自財源の確保は必須であろうし、その財源をベースとした競争戦略、そして、DMO、官民パートナーシップといった実施体制も必要となる。

こうした違いは、「正解」は、地域によって、また、立場によって異なるということを示している。
国や都道府県においては、矛盾する2つの方向性があることを認識し、使い分けていくことが必要である。
また、各地域においても、自身のポジションを踏まえた上で、何を目的に、何を行なっていくのかを自身で考えていくことが重要となる。

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「生産性と格差是正の対立」に2件のコメントがあります

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