ユニークな取組が生まれるところ
観光振興の現場では、常に新しい「振興方策」が提言されている。特にユニークな振興方策は、条件的に厳しい、観光振興が進んでいない/人口減少が進んでいる地域で生まれることが多い。
例えば、1990年代以降、エコ・ツーリズムやグリーン・ツーリズムなどのオルタナティブ・ツーリズム(アジェクティブ・ツーリズム/adjective tourism)にいち早く取り組んだのは、メジャーな観光地ではない「普通の地域」であった。
サイクリング・ツーリズムの先駆者となったのは、本四架橋の架橋効果によるブーストが不発に終わったしまなみ海道であるし、露天風呂巡りの先駆者である黒川温泉は、90年代前半までは存亡の危機が叫ばれる存在だった。また、「行動展示」という新しい動物園の楽しみを提示し人気となった旭山動物園は、それ以前は、周辺住民が利用するだけの公立動物園だった。
事業者単位でも同様である。インタープリテーションという新しい自然ガイドツアーの提示の主体となったのは、まだ、軽井沢でしか事業をしていなかった星野リゾートであるし、FITへの変化を見越し、旅館での「食事」をローカル色あるエンターテイメントへと高めた先駆者は、某旅行会社のアンケートが58点だった鶴雅だった。
ニッチャー戦略の課題
こうした取組は、競争戦略でいう「ニッチャー戦略」となる。
より資源性の高い、人気を集めている地域に正面から勝負を挑むのではなく、そうした先行地域が抑えていない事にフォーカスすることで、市場から需要を獲得していく弱者の戦略である。
ニッチャー戦略は、先行地域のスキを突くわけだが、そのまま、一定の市場を確保し続けられるかといえば、これが、なかなかに難しい。
観光の世界では、新しい動きが出てくると、すぐに真似されてしまうからだ。
先行する地域の動きを見て、それを簡易コピーして戦うことを「フォロワー戦略」と呼ぶ。ニッチャーは、自身が戦える市場を見極め、相応の準備期間をかけて展開するが、フォロワーは、その動きをみて、短期間で合わせてくる。
ニッチャーと、フォロワーでは、準備や展開にかけているリソースが違うので、同じものではないのだが、その違いを顧客が認知することは難しい。
さらに、ニッチャーにとって厄介なのは、その市場が注目されるようになると、より豊富なリソースをもっているリーダー、チャレンジャー地域が、ニッチャーの取組に対応してくることも往々にあるということだ。リーダー/チャレンジャーは自身のポジションを維持するため、新興のニッチャーが育つ前に、潰しにかかるのはセオリーだからだ。これを同質化戦略と呼ぶ。
実際、今となっては、サイクリングイベントは全国にあるし、露天風呂の無い旅館の方が珍しいし、行動展示「的」な取組は、動物園の標準形ともなっている。こうなってしまうと、「当たり前」のものとなってしまい、ニッチャーとして存在感を示すことは出来ず、リソースがあり、知名度もあるリーダー/チャレンジャーに流されることになる。
リソースの少ない地域「でも」できるということは、リソースを多く持つ地域であれば、より容易に実施できるわけだから、当然の帰結でもある。
例えば、2000年代はじめ。ピッキオを核に、自然ガイドツアーを立ち上げてきていた星野氏は、我々のようなコンサルの調査にも対応してくれていたが、その理由として「星野リゾートは、自然ガイドツアー市場の中で、リーダー戦略をとっている。そのため、同市場が広がれば自身の集客規模も大きくなるから」と話していた。しかしながら、自然ガイドツアーに取り組む地域は増大したが、市場規模自体はさほど伸びず、さらには、バリバリの国立公園でも自然ガイドツアーに取り組むようになると、結局は、もともと持っている自然資源の内容で優劣がつくようになってしまった。
もちろん、星野ピッキオだけでなく、しまなみ海道や黒川温泉、鶴雅グループなどは、今でも一目置かれる存在であるし、一定のブランド力を有している。これは、先行してニッチャー戦略に取り組んだ成果である。その意味で、先行することの重要性は確かだが、一つのヒットだけで地位を確立できるわけでもない。
もともと、観光を経済行為として捉えれば、サービス業には集積の経済が成立するため、集客規模の大きい地域(リーダー地域、チャレンジャー地域)を集中的に伸ばしていくことの方が合理性は高い。
他方、地域振興を考えれば、集客規模の小さい地域(ニッチャー地域、フォロワー地域)を伸ばしていくことが重要となる。
集客規模の小さい地域での有効な観光振興策が、ニッチャー戦略となるわけだが、その取組がうまくいき注目されると、横展開され(=模倣され)飲み込まれていくことになる。その横展開の原資は、国などの補助金が充てられることも多いことを考えれば、ニッチャーの取組を同質化戦略によって潰しているのは、国となる。つまり、国が地域振興のために「良かれ」と思ってやっていることが、結果的に、地域の取組の芽を摘み取ってしまっていることにもなる。
国内市場が主体であった時には、顧客の嗜好は同質的で、かつ、北海道と九州では集客圏が異なっているから、横展開にも意味はあった。しかしながら、インバウンド市場から主体となれば、しきい値を超えない地域がいくらあっても、デスティネーションとはなりえない。
これでは日本の観光はバリエーションを持てない。
ニッチャーを育てていくには
これを踏まえた上で、ニッチャー戦略を展開するには、どうしたら良いのか。
なかなかに難しい課題だが、基本的には「真似させない」ことが重要だろう。これには2つのやり方がある。1つは、「真似したいと思わせない」。もう1つは「真似したくでも出来ない」ようにすることだ。
前者については、少々、癖のある市場に特化するやり方となる。
例えば、アニメの「聖地巡礼」は、注目はされているが、実際に本腰をいれて取り組もうという地域は限定されている。これは、聖地巡礼が特定の作品と地域という限定された関係性に依存することに加え、アニメファンに対する地域側の意識による部分が多いだろう。また、LGBTツーリズムは、その市場規模が世界で2000億ドルとも言われ、もはや「ニッチ市場」でも無いが、国内において、その対応を前面に打ち出す地域は乏しい(施設レベルでは出てきている)。これも、地域単位ではLGBTに対する合意を得ることは難しいことが原因だろう。
自分の地域において「誰にも反対されない」取組は、他の地域でも同様となる。賛否両論がある市場だからこそ、単純な横展開(模倣)を抑えられるということを認識しておきたい。
後者については、いわゆる「隔離メカニズム」を構築することが重要となる。
例えば、西阿波で展開されている「千年のかくれんぼ」は、ナショナル・ジオグラフィックがツアー催行するほどの地位を築いている。しかしながら、平家の落ち武者伝説に連なる歴史文化、自然環境に立脚した一品物であり、その推進も観光地域づくりマネージャーの個人的資質に依存する部分が大きいため、他地域が横展開することは極めて困難である。
雪国観光圏や、八ヶ岳観光圏など、観光圏整備事業に取り組んできた地域においては、こうした「隔離メカニズム」を有している地域は少なくない。
腰を据えた取組を支援する仕組みを
観光圏での取組が示すように、「隔離メカニズム」を構築していくには、最低でも3〜5年はかかる。これは、単に「何を売るのか」ということを規定するだけでは不十分であり、それを実行・運用していけるだけの人材を育て、知見を蓄積していくことが必要だからだ。
強い「ニッチャー」を作り出していくには、少なくても3〜5年という時間、ある一定の方向に向けて展開していく仕組みをつくり、覚悟を決め、腰を据えて展開していくことが必要だろう。
それも、DMOだけでなく、基盤整備に関わることの出来る行政や、個別の事業を展開する民間事業者など、幅広い主体のパートナーシップが必要となる。
インバウンド環境が大きく変化する中、観光政策も変化を続けてきているが、多様な市場セグメントに対するニッチャー地域が増えていくことが、日本の観光を足腰の強いものとしていく。
地域では、宿泊税など独自かつ持続的な財源の確保策を検討しつつ、かつての観光圏事業のように、国が地域独自の取組を継続的に支援していくことが出来る制度が今こそ必要なのではないか。
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