90年代前半くらいまで、日本人にとって、グアムやサイパンは、ハワイに並ぶデスティネーションであった。90年代後半以降、いずれの地域も観光客を減らしたが、その後、ハワイは復活したものの、グアム、サイパンは減退期に突入したまま低空飛行の状態にある。

ハワイのように、90年代から2010年代にかけて、継続的に競争力を維持してきた観光地は、国内でも、軽井沢や箱根、沖縄などがある。

そうした観光地は、なにか絶対的な魅力があるために、持続してきたわけではない。時代の変化にあわせて、魅力を多様化させてきたから、持続してきたのである。

例えば、90年代前半までの軽井沢の中心は、別荘地を後背に持つ旧軽井沢エリアが象徴的な存在であった。これに対し、現在の中心は、駅の反対側のプリンスホテルのアウトレットパークとなっている。新幹線の開通によって日帰りが容易となった地域において、別荘滞在文化に寄らない立ち寄り魅力を創造したことが集客維持に貢献している。

また、草津についても、2001年に「泉質主義」を掲げ、大型温泉地の中で、いち早く個人客への対応を進めつつ、2010年には中心部の湯畑エリアの再開発を行うなど、時代に合わせた変化をどんどんと進めてきている。

ブランド論とプロダクト・ライフ・サイクル(ツーリズムエリア・ライフ・サイクル)の観点から言えば、ハワイなどは新たなライフ・サイクルに転化することで、減退期から回生期に転化できたということになる。つまり、絶対的な資質があったり、同じコトを愚直に磨き上げたりしたから、競争力が持続したわけではなく、変化に対応し続けたことが持続性の確保に繋がったわけである。

まさしく「適者生存」である。

競争ピラミッド

では、環境変化に対応した競争力とは何か。

私は、以下のような競争力ピラミッドで整理をしている。

80年代くらいまでは、特徴を持った自然・文化があり、そこに、一定水準以上の宿泊施設や飲食施設などがあるかどうかが競争力を左右するポイントだった。90年代以降になると、施設については露天風呂があるとか、地場モノにこだわった飲食店があるかというように施設に対する要求水準が高まるとともに、二次交通や観光案内所、まち歩きマップ、ガイドツアーといったサービスの有無、内容が競争力を左右するポイントへと変わっていった。
2000年代に入ると、ネットの普及もあり、顧客とのコミュニケーションの内容や蓄積によって「楽しい場所」として認知されたところと、そうでないところが別れていった。例えば、草津と伊香保、阿寒と川湯は、それぞれ地勢的に近接し、かつては覇を競う立場にあったが、彼我の差が急速に広がっていった。これは、地域資源の定量的なスペックの違いではなく、来訪者の情緒的な価値の違いによるものだと言えよう。これはブランド力として整理できる。

さらに、ブランド力を持った地域同士では、そこで何が出来るかという経験(体験プログラム)のラインナップが重要となっていく。リーダーやチャレンジャー戦略を張る地域では、基本、「何でも出来る」ことが重要となるし、ニッチャー戦略地域では、ニッチ市場に向けて強烈な経験を打ち込むことが必要となっていくからだ。

これらの経験は、ブランドと重なることによって、その真価を発揮する。それは、既に飽和状態にあるマラソン大会であっても、ホノルルマラソンや東京マラソンが今なお、特別な存在であるのは、その内容が特別なのではなく、それぞれの地域のブランド力が情緒的な価値を高める(ハワイで走っている、東京都心を走っていることに高揚する)ことが示している。

これらの階層構造は、ざくっと言えば、サービス以下のレイヤーは「受入環境整備」、ブランド以上のレイヤーは「ブランディング」と整理できる。
そして、上位に積層されるほど、強い競争力を持つことになる。

なお、競争力ピラミッドは、上に積み上がっていくだけでなく、時代の変化によって、下層レイヤーが更新されることもある。例えば、工場夜景のような取組は、「工場」が、その姿形と社会を支えてきたという歴史が、新しい自然・文化レイヤーを構成している。また、Wi-Fiスポットは、2000年代はじめには存在すらなかったが、現在ではサービスレイヤーの重要な構成要素である。

また、特別な「経験」であったものが、時の流れの中で、一般化してしまうことでサービスレイヤーに転化してしまうようなものもある。90年代には露天風呂は「経験」を作っていたが、現在では、あって当たり前の存在となり「サービス」レイヤーにある。今後を展望すれば、「ロードバイクで走れる」という経験は、現時点ではブランドを高めるものであるが、昨今の全国的な展開を考えれば、早晩、「出来るのが当たり前」というサービスレイヤー区分となっていくだろう。

これはリーダー戦略とニッチャー戦略のぶつかり合いでもある。

競争力は相対的

一方で、競争力獲得のためには上位レイヤーへの取組が不可欠かといえば、そうでもない。

例えば、軽井沢は、プリンスホテルの投資によって成長しているが、彼らが注力しているのは、施設レイヤー、サービスレイヤーである。確かに、軽井沢というブランド力は健在だし、避暑地の高原においてショッピングを楽しめるというのは、特徴的な経験でもある。ただ、そういう情緒的な価値よりも、駅前という高立地に、広大な面積、多様な店舗の展開と配置といった機能的価値が人気を支えていると考えるのが自然である。今更、軽井沢の別荘文化や上皇様のロマンスが、若手に情緒的な価値を与えているとは考え難いからだ。

一方で、そういう「軽井沢」は、北海道や九州、さらには海外の人が訪れたいと思うようなリゾートにはなりえない。プリンスホテルが造る軽井沢は、首都圏の膨大な市場の中で、相対的な競争力を有しているに過ぎない。

つまり、観光地の競争力は、多層的な構造となっており、上位に積層すれば、それだけ競争力は高まるが、どこまで積層すべきなのかということは、対象とする顧客層(ターゲット)と関係する。端的に言えば、遠距離からの集客、より消費単価の高い顧客、長期滞在してくれる顧客など「美味しい」顧客を狙おうとすればするほど、多くのレイヤーを上位方向に積層した取組が必要となる。
多くの地域が関心をもっている「富裕層」などは、その顕著な例だろう。

このことは、現時点で、自身がどこまで積層できているのか、短期的にどこまで積層できるのかということを見極めることが重要であることを示している。それがあって、はじめて、STP(セグメンテーション、ターゲッティング、ポジショニング)を考えていくことが可能となるからだ。

次に来るレイヤーは何か

競争ポイントは、時間と共に変化している。

これは、すなわち、将来的に「経験」レイヤーの上に、新しいレイヤーが生まれてくることを示している。

これが何なのかということは、現時点ではわからないが、個人的には「環境への対応」が、一翼を構成していくのではないかと考えている。プラスチックへの風当たりが強くなったことや、オーバー・ツーリズム/レスポンシブル・ツーリズムといった課題も、環境意識へとつながっているからだ。

世界水準を目指していく地域は、こうした社会的な動向も踏まえながら先行的に取り組んでいくことが重要となる。そのためにも、自身がどういった競争力を有しており、何を強化できるか、すべきなのかについて検討を重ねていくことが必要である。

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