地方創生以来、観光政策の注目を高める背景となってきた「インバウンド」が失速気味である。

人数自体は、まだ増加傾向にあるが、かつての勢いはなく、対前年をクリアするのがやっとという状態が続いている。さらに、消費額の低迷は顕著であり、訪日客数が増えても、消費額は伸びないという状況に陥っている。

基本的に観光市場は経済要因で動くこと。さらに、インバウンド客の年収は低下傾向であったことを考えれば、この低迷は東アジア市場の経済成長分の伸び代を先食いしてしまったことが原因と考えられる。

今なお、旅行市場のマジョリティは国内市場であるが、賃金水準の推移や、10月の消費税増税を考えると急伸することは難しい。

日本の観光市場は、TALC(ツーリズム・エリア・ライフ・サイクル)でいうところの停滞期(stagnation)に入ったと考えるべきだろう。

この秋のラグビーワールドカップ、来年のオリンピック、パラリンピックという大型イベントにむけて、ポジティブな情報が拡散していくことになるだろうが、「まつりはいつか終わる」。それに備え、今から、準備を進めておくことが必要だろう。

2020年から第2期となる地方創生

現在、政府では第2期となる地方創生について議論を進めており、その一部は、既に「骨太の方針」に組み込まれるようになっている。

■令和時代の「希望ある地方創生」の実現に向けて(自民党)
https://www.jimin.jp/news/policy/139760.html

もともと、地方創生は「まち・ひと・しごと」の3セットに注目したものであるが、第2期の骨子は、ともかく「ひと」に注目したものとなっている。そして、「ひと」については、Uターン、Iターンによる地方への移住、地域の人材育成が引き続き主軸となっているものの「関係人口」の概念を持ち込み、定住にこだわらない方向性を打ち出している。

また、副業の促進や、公務員の流動性を高めることを提言するなど、有為な人材の複層的な活用を打ち出している。

これは、過去1年間で43万人という「中核都市が一つ消える」規模での人口縮小という現実を前に、定住人口を増やすことを目標値に設定することの困難さを示している。

ただ、関係人口に概念を広げたとしても、人口は有限である。さらに言えば、遠隔地の地域づくりを(商売ではなく)支えられるだけの時間と知識、甲斐性をもった人材は、かなり希少な存在となる。結局の所、そうした人材の奪い合いということになり、それは、通常の観光誘客における競争と基本的な構造は変わらない。

つまり、人材を獲得できる地域と、そうでない地域は2:8とか3:7にパレート分布するということだ。

想像される需給構造

本ブログで、何度も指摘しているように、ドメスティック市場であろうと、インバウンド市場であろうと、市場規模は有限である。顧客が自由に旅行先を選べる以上、顧客から選択される地域と、そうでない地域は区分される。

特に、日本観光がTALCで指摘される停滞期に入ってきているとすれば、地域間格差はより固定的なものとなる。なぜなら、後発者が先行者に近づけるチャンスが高いのは、市場の拡大期だからだ。

停滞期に入れば、過去数年のように「どこでも、対前年増」という訳にはいかなくなる。停滞期は、3割程度の地域は集客を伸ばし、残り7割は集客を減らしていくことになるからだ。

こういう状況においては、一律的な対応は、ほとんど意味をもたない。

これは既に、以下で指摘した「展望」である。

中長期的な時間軸で見つめ直す

地域においては、こうした市場の「踊り場」タイミングを活かし、今一度、自地域における観光による地域づくりとは何か、何を目指していくのかということについて議論し、方向性を定め、意識を共有していくことが必要ではないか。

「観光」は世界的な戦略領域となっているが、「在庫ができない」といったサービス業の特性に加え、景気変動や国際情勢、天災、疾病といった外的要因による需要変動が激しい。このことは、観光に「成功」し、観光への依存度を高めれば高めるほど、地域経済はリスクを抱えることを示している。

こうした矛盾を解消し、観光を地域振興につなげていく手法を見出し、実践していくことが求められる。

その有力な手法となるのが、観光地として形成されたブランドを、他領域へと広げ、地域全体のブランドへの昇華させていくことである。

既往の研究によって、個別ブランドの向上は、地域全般への思い入れを高め、他の分野のブランドへと波及していくことが確認されている。

例えば、我々がハワイのパンケーキに特別な意味を持つのは、それが「ハワイ」で誕生したものだからだ。ワイキキが、全米でも屈指の商業地となっているのも同じ理由だ。

地域が付加価値を得るには、域外の人々に、自地域が特別な存在として識別されることが必要である。高度に物流が発達し、原産地と産品との関係が希薄になる中、強力に地域と顧客とをつなげることが出来るのが「観光」である。地域を訪れ、好印象を持った人々(ロイヤルティを高めた人々)は、その地域を構成する非・観光要素にも関心を持つようになるからだ。

このサイクルを動かすには、まず、何よりも来訪者のロイヤルティを高めていくことが重要となる。ただし、全ての人々のロイヤルティを高めることは出来ない。地域と顧客には相性があるからだ。

さらに、観光地ブランドで培った地域への思い入れを、他の領域にも広げていくことで、相乗的な効果をあげていくことを狙うのであれば、そうした拡がりを持てるような観光地ブランドであるかということも重要となる。

例えば、「花火大会」は、「外さない」集客イベントであるが、花火大会で地域を訪れた人々が、観光以外の要素にまで思い入れを持ってくれるかと考えれば、そうではないだろう。

観光振興フレームのシフト

こうしたことを考えると、観光振興の目標値が変わってくる。

短期的な観光消費の経済効果「だけ」を狙うのではなく、観光を通じて、中長期的に地域のイメージを向上させブランドを強化し、地域全般の付加価値を高めていくことが目的となっていくからだ。

これら地域においては、単純な観光客数と消費単価といった短期的な経済効果に対する優先度は低下する。変わって重要になるのは、地域への拡がりが期待できるセグメントの特定と、そのセグメントの紹介意向となる。

これは、やや迂遠な取組と感じるかもしれない。

しかしながら、現在、地域が抱える課題は多岐にわたっており、単純な観光振興だけでは、地域の(再)活性化は見込み難いことは、自明であろう。特に、現在の地域が抱えている「人手不足」「人材不足」は、単純な観光振興では解決できない。むしろ、観光の振興によって不足感は増大することになる。

他方、地域全般の付加価値を高めていく事ができれば、時間はかかるが、域内の各分野においてゆっくりと環境が改善されていくことになる。地域の各領域と密接なつながりを持った観光の振興は、地域に「住みやすさ」をもたらすことになり、有為な人材の関心を呼ぶこともにもなる。

それこそが、地域に本質的な魅力をもたらすことになる。
これが、これからの観光地域づくりの方向性だろう。

地域政策に組み込まれる観光政策

こうした観光地域づくりは、商工的な観光振興施策だけでは対応することは出来ない。産業政策はもちろんだが、農業政策、都市政策、環境政策、教育政策、福祉政策などなど、多様な分野に横断する必要があるからだ。

さらに、観光客の呼び込みにおいては、民間的な発想と行動が重要であり、そのためには権限と資金を有したデスティネーション・マネジメント活動も重要となる。

こうした取組を展開していくためには、どこかの部署が、専属的に政策を展開するということは難しい。かといって、役所の構造上、首長直轄のような上位組織を設置することも屋上屋を架すような状態となる。

これに対するには、観光客を住民と同様に、行政サービスの対象としていくことが有効ではないか。地方自治体は、基本的に住民に対して行政サービスを展開しているが、この対象を、観光客(という言い方が適切でなければ関係人口)にまで広げるということである。

各部署での政策に係る意思決定において「住民生活」だけでなく、観光客の「地域での経験」について自律的に意識するようにすれば、自ずと、観光を手段とした展開が広がっていくだろう。

例えば、農業政策においては生産者だけでなく、観光客の地域での経験についても意識することで、農業景観や生産物の地産地消も政策課題となっていく。都市政策であれば、域内交通を住民需要と観光客需要を一体に考えていくことになるだろう。

こうした思考ロジックが、各部署担当者に広がれば、地方自治体の観光に対するノウハウも高まることになり、異動によって政策が途切れるということも防ぐことが出来る。

その中で、DMOは、行政には対応が難しい観光地マーケティング部隊とすれば、DMOが公民連携のハブとなり、公民の役割分担も明確になる。

観光客は特別なもの…として、住民と切り離したものにするのではなく、地域政策に観光政策を取り込み、浸透させ広げていく。
それが、2020年代の観光政策として求められるのではないだろうか。

Share