減速している訪日客数

2018年12月。かなりギリギリのタイミングであったが、訪日客数が暦年で3,000万人を超えたことが報道された。

ただ、これは「暦年」であり、実は「1年間」という単位で見れば、2018年4月には3,000万人を達成している。

JNTO資料より作成

4月時点で、過去1年間の合計(年計)は約3,000万人であり、その後、半年あまりで100万人しか上積みしていない。「ライフサイクル変化か一時的な調整か」では、一時的な調整という見方をしていたが、その後も横ばい傾向が続いていることを考えると、ライフサイクル変化にさしかかっている可能性も考える必要があるだろう。実際、過去15年のトレンドを見ても、半年あまり伸び悩んだ後には、1年近く続く減退期が訪れていることや、2012年以降、2〜3年でトレンド変化が起きてきていることを考えれば、「一時的なこと」と言い切ることは難しくなってきている。

さらに、本ブログで何度も指摘しているように、旅行市場は経済要因で左右される。米中の経済摩擦や、米国での景気不安は世界、特に東アジアの景気に影を投げかけている。世界的な景気の減速時には、円高が進む傾向があることを考えれば、日本はより深刻な状況に置かれる可能性がある。

しかも、主要市場でもある日韓関係も悪化傾向にあり、社会的な要因によるリスクも無視できない状態にある。

実際にどうなっていくかは、それこそ「景気次第」ではあるが、減退期となる可能性を念頭においた対応が必要となろう。

減退期への対応

仮に、減退期に突入してしまった場合、地域や施設が取れる取り組みは2つある。

1つは、「こだわり戦略」である。

旅行市場は経済要因で変動するが、全ての人の懐が寂しくなるわけではない。過去の推移を見れば、不景気となっても、3割の人々は、従来通りまたは、さらに所得を増やすことになる。原理的に、彼らの需要を取り込めれば、市場の減退期でも市場を確保することができる。
こうした人々は、旅行に対する経験値が高く、一般に、欲求も高次(=自己実現思考が高い)である。そのため、彼らの需要を確保するには、「こだわった」経験を創造し、他地域との違いを演出し、スマートに提供することが必要となる。
これは2000年代、大規模温泉地が軒並み厳しい状況であった時に、小規模温泉地が比較的元気だったことを思い返せば、理解できるだろう。

もう1つは、「安売り戦略」である。

一方、景気が悪くなれば、7割の人々は所得を大きく落とすことになる。もともと、観光は「上級財」であることを考えれば、所得減は、旅行需要の喪失に直結する。
これに対するには、シンプルに「安くする」しかない。このセグメントに対して、中途半端に「こだわり」を示しても「無い袖は振れない」状態であるため、噛み合わないからだ。
同じく2000年代、地域に根ざした中堅の旅館よりも、ともかくシンプルに安売りオペレーションを行ったチェーン旅館が元気だったことを考えれば、これも理解できるだろう。

マーケティング論として考える

これらは経験則からの思いつきのようにも見えるが、実のところ、前者は差別化戦略(差別化集中戦略)、後者は価格戦略という競争戦略の基本中の基本を、対象とするセグメント(ターゲット)に応じて使い分けているにすぎない。

マーケティングの基本はS.T.P、すなわち、セグメンテーション、ターゲッティング、ポジショニングである。この中で「センス」が最も求められるのが「セグメンテーション」である。市場が一様ではないことは誰でも知っているが、それをどのように切り出すのかについて「決め」は無く、その時々にマーケッターが独自に設定することになるからだ。

切り出し軸は、多くの場合、自地域の特性に合わせたもの(例:温泉地であれば温泉好きか否か)となるが、今回のように「減退期への対応」という場合は、顧客側(需要側)の変化が要因であるため、そこから切り出し軸を設定する必要がある。

世の中の事象は「パレート分布」するから、1つの軸で、3:7の割合で市場を区分(セグメンテーション)できる。よって、景気の減速という環境変化においても、市場は、「所得を維持する3割」と「所得を落とす7割」というように区分することができる。

そうやって区分してしまえば、次は、どちらのセグメントを対象とするのかというターゲッティングの問題となる。ターゲットを定めれば、前述のような対応の基本方針は自ずと出てくることになる。

ポジショニングはストックで決まる

単純に、どちらのセグメント、戦略を選択するのかと聞かれれば、どこでも3割、こだわり戦略(差別化戦略)を選ぼうとするだろう。

ただ、戦略は選択しただけでは実効性を持たない。

戦略に実効性を持たせるには、(経営)資源と時間という2つの概念の存在が重要である。「減退期」への対応は、ある種の防衛戦であるから、これまでの活動(時間)で蓄積(ストック)してきた経営資源が大きな意味を持ってくる。

「3割」を狙う場合、その「3割」の人々(以下、セグメントA)に接触することができるコミュニケーション手段を持っているかどうかということが重要となる。BSCで言えば「顧客」が、それに相当する。市場の成長期にセグメントAを顧客として取り込めていなければ、市場環境が厳しくなる減退期に接触することは極めて困難となる。さらに、「こだわり」を示すには、「人材と組織」や「業務プロセス」のストックも重要となる。

一方、「7割」を狙う場合、「7割」に人々(以下、セグメントB)の関心を呼ぶだけの「割引」を展開するだけの原資が必要となる。BSCで言えば「財務」が、それに対応する。また、安価にサービス提供するには、それに対応できる「業務プロセス」も必要となる。

経営資源のストック量については、地域によって異なる。これが、各地域の相対的な関係性(ポジション)を規定することになる。

仮に、ストックが乏しい地域の場合、十分な防衛ラインを引くことは難しいため、状況を限定して対応することとなる。例えば、これまで取り組んきた中で最も競争力の高い「ツーリズム」に特化するとか、夏休み期間に特化するとかである。市場の減退が起きた場合、無傷では済まないが、致命傷を避けることに専念すると言うことになる。

場合によっては、積極的な対応を行わず、減退期と言う嵐が過ぎ去るのを待つのが得策というケースも出てくるだろう。

潮流を読み取る力と経営資源を作る力

社会は連続的な事象の積み重ねによって流れ、変化していく

マーケッターは、そうした流れと変化を展望し、対応するシナリオを練っておくことが必要である。

さらに重要なのは、経営資源のストックである。マーケッターが構想するシナリオを実現できるかどうかは、ストックされている経営資源量に依存するからだ。これは、一朝一夕でできるものではなく、日々の取り組みの積み重ねが必要である。言い換えれば、「状況」への対応力は、状況変化が起きてから試されるものではなく、事前に決まっているということになる。これも「慣性の法則」の一つであろう。

余談だが、単純に「先進地」を真似ても上手くいかないのは、先進地は、そこに至るまでに多くのストックを積み上げてきており、そのストックを踏まえた取り組みだから意味をもつためである。

状況変化の起きそうな2019年だからこそ、戦略的な対応を志向していきたい。

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