コロナ禍は、間違いなく、降って湧いたクライシスです。

しかしながら、戦略を組み替える時間を得ることが出来たと考えることも出来ます。

例えば、一部地域で顕在化していた「オーバーツーリズム」は、日々、観光客がやってくる事態では、先を見据えた事態への対応は、どうしても後追いとなってしまい有効な対策を取ることは難しい問題でした。

また、国内市場は「団塊世代」によって支えられてきましたが、この市場に「先がない」ことは自明でした。加齢によって、早晩、旅行市場から退出していくことになるからです。

世界を見渡せば、旅行市場の主体はミレニアル世代へと移ってきており、そこへの対応が必要となっています。しかしながら、国内市場に限って言えば、曲がりなりにも団塊世代の旅行需要が動いている中で、少子化によって市場規模が小さいミレニアル世代(やその下の世代)へシフトすることは、大きな勇気が必要であり、難しい決断でした。そのため、多くの地域/事業者は「先がないと解っていても」団塊世代を主体としたマーケティングから転換することは難しく、結果、DXなどへの対応も遅れがちでした。

しかしながら、今回のコロナ禍によって、現場は止まりました。

それも、すべての地域、それこそ全世界規模で、です。皆が走っている時に、自分だけが立ち止まることは難しいですが、皆が止まっている状態であれば、問題は生じません。

しかも、残念ながらコロナ禍の終息時期は見通すことは出来ず、観光の再起動に向けた動きが切迫している状況でもありません。つまり、再構築に向けた時間は十分にあります。

つまり、コロナ禍を、「超・前向き」に捉えれば、将来に向けた多様な問題を解決できる「時間」と「状況」を与えてくれた機会と考えることが出来ます。

さて、ポスト・コロナによって、観光市場がどう変わるのかということについては、様々に指摘されています。私も3月20日に、以下で整理しています。

団塊世代の退出

ただ、コロナ禍が長引いたことで、市場の変化を念頭に置いた対応が求められるようになっています。

その筆頭は、前述した「団塊世代の退出」です。団塊世代は、2020年時点で70〜73歳。70代後半になると、旅行参加率は大きく低下するとされますが、それでも、本来であれば、後、5年位は市場を支えてくれる存在として期待されていました。

しかしながら、今回のコロナ禍が長引き、決定的な対抗策が無いこと。また、罹患した場合、高齢者の死亡率が非常に高率であることを考えれば、団塊世代の「旅行意欲」を大きく削ぐことになりました。

仮に「団塊世代」が、このコロナ禍に因って、旅行から引退してしまうと、国内市場は量的に大きく減少することになります。

さらに、厄介なのは、この「団塊世代引退」は全国一律に生じるものではなく、地方部ほど、厳しい状況になるということです。

地方部ほど、Gen.Z(ジェネレーションZ/15-25歳)<団塊Jr.(40代)<団塊世代(65-75歳)の構造にあります。例えば、青森県は8.3%/13.2%/16.1%、新潟県は8.7%/ 13.6%/15.4%、山口県は8.8%/13.3%/16.2%。これに対し、東京都は10.2%/16.2%/10.9%、大阪府は10.2%/15.2%/13.3%、福岡県は10.1%/14.2%/13.9%と、団塊世代に比して団塊Jr.の比率が高く、Gen.Zの比率も高い。

総務省統計局資料より作成

また「マイクロツーリズム」が叫ばれるまでもなく、基本的に集客圏は地元地域となっています。実際、多くの地域は、過半数を自らが所属する地方(例:東北地方)に依存しています。地元市場に依存していないのは、沖縄県くらいです。

つまり、「団塊世代」の引退の影響は地方部ほど、強く受けることになります。

地方創生の文脈から「観光」を地域振興の手段として期待しているのは、基本的に地方部です。その地方部において、ポスト・コロナでは、現在の基礎票たる団塊世代市場が喪失している可能性が高いという訳です。

景気後退による市場縮小

観光市場が経済要因と強く結びついていることは、本ブログで何度も指摘しています。

政府の膨大な財政支援もあり、現時点では、経済は大きく崩れていませんが、GDPは大きく減少することは確実であり、大規模な景気後退は非回避というのは衆目の一致するところです。

年金が主たる収入となっている団塊世代は、景気後退への耐性は強いですが、感染不安で旅行を控えてしまう。他方、感染への耐性の高い現役世代は、財布の中身によって旅行実施は厳しくなるということです。

これに対する政策として、私は「旅行減税」を提唱していますが、基本的には、市場は減少すると考えておいたほうが良いでしょう。

インバウンド

国内市場が八方塞がりの中、期待が集まるのはインバウンドとなります。

インバウンドについては、国際的にコロナ感染が続いている状態では、動かしようが無いというのが現状です。

業務系についてはビジネス・トラックとして、今後、限定的に空いていくことになるでしょうが、観光需要については、かなり厳しい。一時期動いてたトラベル・バブル構想についても、予想以上に感染が「収束せず」、感染の再拡大も「早い」ことから、展開が厳しくなっています。

また、同じ国内の人々に対してさえ「排他」感情が芽生えている現状、国民感情的にも、観光インバウンドを開けることを難しくしています。

この辺は、ある意味、政治的な判断となるでしょうし、場合によっては、更に地域ごとの判断となるでしょうから、その展望を語ることはできません。

しかしながら、観光インバウンドを開けたとしても、いきなり、従前の3000万人という規模に回復させることは、かなり厳しいと考えておくべきでしょう。

もちろん、有効なワクチンが開発され、普及すれば、インバウンドは回復しやすくなりますが、ワクチンがあれば「絶対感染しない」というレベルには達しないと考えておくほうが妥当でしょう。

コロナ禍については、これまで、観光業界が持つ楽観的な推測は大抵外れてきているので、インバウンドについても、悲観的に見ておいたほうが良いだろうと私は思っています。

対策は既存顧客のリテンション

こうした閉塞感の漂う未来展望ですが、これに対するには、既存顧客を維持するしかありません。

観光というのは「経験財」であり、実際に経験した人でなければ、その価値や中身を評価することはできません。そのため、本質的に、そこを経験したことがない人に、そこの魅力を伝えることは困難なのです。

端的に言えば、地域の魅力は、経験した人でなければ、本質的に理解できないし評価出来ないということです。

一般に、既存客の維持と、新規顧客の獲得には1人あたりで5倍の費用がかかるとされます。既往研究では、この数値にはかなりの幅があることが指摘されていますが、いずれにしても、新規顧客の獲得には多くの費用がかかることが確認されています。

これは、新規顧客は「非経験者」であり、地域の魅力を手を変え品を変え、伝えなければならないからです。

さらに、市場縮小期となれば、多くの地域/施設が、減少する市場環境の中で、なんとか客数を維持しようします。そのため、新規顧客の獲得コストは、更に跳ね上がることになります。

他方、自分たちの地域/施設に既に来訪したことがある人々は、経験者であり、改めて魅力をゼロから伝える必要はありません。また、観光は移動を伴うものであるが、経験者は、そこまで移動方法も知っており、実践済みとなります。

つまり、既存顧客は、呼び込みやすい。

マイクロツーリズムのように、近場の人にフォーカスするというマーケティングも、同じ軸線上にある取り組みと言えるでしょう。

多くのリソースを、顧客の取り合いという熾烈で成功確率の低い競争に突っ込んで損耗するよりも、今いる顧客を、しっかりと維持し、その再来訪や紹介意向の増大につぎ込むことが、合理的な選択だということです。

そのための手段は、CRM(Customer Relationship Management)と総称されます。直訳すれば、顧客との関係性を管理するということになりますが、個々の顧客に、地域や施設と「つながり」を感じてもらえるように、展開していく取り組みとなります。

例えば、来訪いただいた顧客に、お礼のメールや、季節の挨拶を送る。といったことも、CRMです。また、食事の好みや、趣味、滞在スタイルといったものを把握し、来訪時に、それに即した対応を行っていくというのもCRM。さらには、来訪回数や頻度に応じて、部屋のアップグレードをしたり、地場産品を届けたりといった対応をするのもCRM。

こうした多様な取り組み、働きかけを通じて、顧客が、その地域/事象者を、自分にとって特別なもの、つながりを感じるものと思ってもらうことがCRMです。

端的に言えば、「タビアト」を充実させ、「タビマエ」につなげていくということです。

なお、顧客から見て、その地域/事業者が「他とは違う特別なもの」と思われることはブランディングの目的と大きく重なります。また、再来訪したいとか、紹介したいと思ってもらう事は、CS(Customer Satisfaction/顧客満足)やロイヤルティの領域となります。

さらに、全ての顧客に対し一様に対応するのではなく、顧客の利用状況に合わせて対応策を変えていくというのは、マーケティングの基本でもあります。また、一人ひとりに対応するマーケティングは、データベース・マーケティングとか、One to Oneマーケティングと呼ばれるものでもあります。

つまり、CRMは、独立した概念ではなく「既存顧客の維持」という切り口で、経営に関わる多様な領域を捉えた取り組みとなります。これが、特に市場縮小期においては重要な意味を持ってきます。

既存顧客が居なければどうするか

ただ、これは、地域/施設間の格差が際立つ取り組みともなります。

もともと、既存顧客をしっかりと確保していた地域/施設は、その資産を活かしていくことが出来ますが、そうでない地域/施設では、維持すべき既存顧客が居ないということになるからです。

これはリピーター率が低かったというだけではありません。仮に、リピーターが多く居たとしても、その集客を旅行会社に依存しているなど、地域/施設から、顧客に直接的に働きかける手段を持たない場合も同様となります。

2000年代の市場低迷期、大規模観光地が大きく集客を減らす一方で、小規模で特徴的な観光地は集客を維持していた理由は、ここにあります。

小規模で特徴的な観光地は、その規模の小ささから、もともと旅行会社などの介在率が低く(=旅行会社に頼ることが出来ず)、早い時期からホームページなどを使った直販などを展開していたところも多かった。そうした取組が、結果的に、底堅い集客を実現できたのでしょう。

対して、大規模観光地は、多くの人から人気だったからこそ規模を大きくすることが出来たわけですが、その集客は、旅行会社など域外の第3者が介在していたため、顧客に直接アプローチする術を持ちませんでした。顧客も、「有名なところ」に行きたいという思いはあっても、地域や事業者とのつながり意識は薄かったと考えられます。

2000年代に比すれば、ネットは格段に普及し、旅行会社の位置づけも低下しています。それでも旅行会社の役回りがOTAに変化しただけの地域/事業者も少なくありません。

その場合、基礎となる既存顧客自体がまとまりとして存在しない…ということにもなります。

ただ、「だからこそ」、「今から」CRMに乗り出すべきでしょう。

冒頭で示したように、コロナ禍で何もかもが停滞している状態は、従来のやり方を変えるチャンスだからです。

また、ポストコロナを考えれば、顧客を闇雲に呼び込むのではなく、選択的に呼び込むことがとても重要となってきます。先行する地域に対するビハインドはありますが、何事も始めなければ、先には進みません。

事態が止まっている今こそ、顧客と向き合い、顧客との関係性を構築していくことが必要でしょう。

若返りを図る

これから「始める」ときには、特に、対象とするセグメントを若返らせることが重要となるでしょう。

団塊世代との「関係性」をこれから作り上げていっても、先行する地域には追いつかないからです。

これから「攻めていく」ことを考えれば、少なくても「団塊Jr.」できれば、その下、近年、急速に注目が高まっている「ジェネレーションZ(Gen.Z)」を対象とした取り組みを行っていくことが重要です。

さらに、これは、前述のように「地方部ほど」重要な取り組みとなります。地方部は、人口構成上、団塊世代など高齢者への依存が高いためです。

「若返り」を図る上で、重要なポイントは2つ。

1つは、デジタル化を徹底的にすすめること。もう1つは、執行体制を若返らせることです。

Gen.Zおよび、その上のミレニアル世代は、デジタル・ネイティブ。すなわち、生まれた時からネットが当たり前にある環境で育ってきています。彼らのコミュニケーション手段は、ネットの中にしか無いと言って良いです。

口コミなどで、「面白い」情報を聞いても、その情報がネット上に無ければ、それ以上、話は膨らみません。ネット上にある情報が全てですし、コミュニケーションも、その殆どがネットを通じて行われます。

彼らと、関係性をつなぐには、供給側のデジタル化、オンライン化は必須です。

コンテンツをオンラインで出していくことはもちろんですが、SNSを活用し、タビアトにおいても、顧客との持続的な関係性をオンラインで築いていくことが求められます。

さらに、それを展開していくには、対象者と同年代の人材が担当者となることが有効です。少なくても、デジタル・ネイティブであるミレニアル世代でなければ、本質的な対応は出来ません。それ以上の世代、デジタル・イミグラント(デジタル移民)は、CRM、顧客とのコミュニケーションについては「口を出さない」くらいの割り切りが必要でしょう。

言い換えれば、「ともかく若い人に任せましょう」という話です。

顧客に尋ねるところから始める

CRMの第一歩は、ともかく、顧客に尋ねることです。すべての人が、お得意様になることはありまえん。が、その反対に、すべての人が否定する地域/事業者もありません。

まずは、顧客に自地域/施設のことを尋ね、高評価をもってくれる人を探しましょう。そして、その中から、自分たちにとっても「ありがたい」顧客セグメントを見つけていきましょう。

この「相思相愛」の関係が、CRMを形成する核となります。

CRMといっても、はじめから個人情報DBをつくり、ガリガリとダイレクト・マーケティングを展開する必要はありません。

SNSで高評価してくれる人たちが、どんな人達なのか。どういうコンテンツが受けているのか。
また、宿泊者などのアンケートで高評価を付ける人はどういう人達で、何に関心をもっているのか。
といったいろいろなデータを収集し、それらを眺めていくなかで、相思相愛となるセグメントは見つけ出していけるはずです。

厳しい状況にありますが、市場は更に厳しくなる見込みです。

そうした「未来」への準備を進めていくことが求められています。

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