観光消費が、必ずしも地域の振興に繋がっていないことについては、これまでに何度か示している。
この理由については、すでに一回『「稼ぐ」ために地産地消よりも重要な事』にて整理をしているが、改めて整理してみよう。
観光消費は、宿泊や飲食などの事業者の売り上げとして生じる。この売り上げを構成する支出は、大きく原材料や外部委託などの調達費用と、人件費や利益といった付加価値の2つに区分される。
前者はB2B(事業者から事業者)、後者はB2E(事業者から従業員)となるが地域に経済効果がもたらされるには、その相手が地域内であることが必要となる。資材の調達先やサービスの委託先、従業員の居住地が地域外であれば、地域で観光消費が生じても、それはそのまま域外へと流れていってしまうからである。
「モノ」の域内調達には矛盾がある
ここでよく注目されるのは、B2Bの域内調達を高めること。その典型例が食材を主体とした「地産地消」でもある。
ただ、食材についていえば、一般的に農水産物は首都圏住民などを市場とした流通ができていることが多い。観光消費に連動させB2B取引を増やすには、新しい物流を作るだけでなく、農水産業の産出額を増やさなければならない。産出額を増やすには、絶対的な収穫量を増やすか、単価をあげるかの2択となる。
ただ、これはなかなかに難しい。
まず、農水産業は、以前から高齢化、人手不足となっており収穫量を増やすことが自体が難しい。仮に、収穫量を増やすことができても、既存の流通に乗せることでもその対価を得ることはできる。観光のように季節波動や曜日波動が大きい所に流すより、安定的に買い上げてくれる所に流す方が安定するだろう。
一方、「◯◯野菜」のようなブランド化は単価アップに繋がると考えられる。地産地消の狙いはこちらにあると考えられるが、ブランド化出来たのであれば、独自の流通網を構築できるため、結局のところ、農水産業者から見れば観光に過度に依存する必要性は低い。
要は、域内調達率を増やせば、計算上の観光消費による波及効果は増大するが、農水産業自体の付加価値向上策は、観光以外にも多種あり、観光側の都合だけで考えるものではないということになる。
農水産業と観光がWIN-WINの関係を築くには、単に調達率を高めるのではなく、一般流通に乗せる以上の付加価値を創造できるようなブランド力を観光側が持つことが重要だろう。
これは、食材を工芸品などに変えても基本的には同様である。
注目すべきは「サービス」の域内調達
観光消費のB2Bで経済波及効果の拡大に有効なのは、モノの調達ではなく、サービスの調達であろう。
宿泊業や飲食業を支える「サービス」は、「モノ」と異なり、観光需要があることで顕在化するものが多い。例えば、リネンサービスは、人泊数と密接な関係を持っているし、植栽剪定や各種広報物の印刷、ホームページ作成なども宿泊業や飲食業の営業状況と連動することになる。タクシーやレンタカー、各種アクティビティ、ガイド、インストラクターといったサービスも観光需要の増減に連動する。
つまり、これらのサービス事業者とは、当初からWIN-WINの関係にある。
そのため、これらのサービス事業者が域内に立地していれば、自動的に域内調達率が高まることになる。
問題は、これらサービス事業者は、今ある観光需要に対応して存在しているということである。これは裏を返せば、現在の観光需要以上の供給量は乏しいことを意味している。需要を上回る供給力を維持することは非効率だからだ。
もちろん、観光需要の増大によって供給量を増やすことは可能だが、観光需要が増大したからといって供給量がすぐに増えるわけではない。事業者としては、観光需要の増大が一時的なものではなく、持続的なものであるかどうかを見極めることになるからだ。
が、サービスは備蓄できないから、地域内の事業者が対応してくれないのであれば、地域外に委託先を求めることになる。
例えば、仮に域内事業者の供給量が100、少し遠方になれば域外に供給量1,000の事業者がいたとしよう。その状況で10の需要が増えた場合、域内事業者にとっては10%増となり対応することは難しいだろう。これに対し、供給量1,000の域外事業者であれば1%なので対応は容易となる。そうやって一度、域外事業者との取引が成立してしまえば、その後、域内事業者が投資を行い供給量を増やしたとしても、その取引を取り戻すことは難しい。結果、域内調達率は低下することになる。これが進むと、観光が振興されてもB2B取引が地域内に留まらない経済的な構造が出来上がってしまうことになる。
このことを考えれば、B2Bでの域内調達を高めるには、宿泊施設や飲食施設といったフロントに立つ事業者だけでなく、それを支えるサービス事業者を含めた集積を行い、産業クラスターを形成していくことが重要であるということがわかる。
なお、集客力の高いホテルを誘致することは、てっとり早く、地域の観光客数(宿泊客数)を高める方法であるが、そうしたホテルは、独自の流通ルートを持っていることが多い。つまり、地域側に産業クラスターがなくても、自立的な経営が可能な訳だが、これは同時に、そもそも域内でのB2B取引にこだわらない(実施のインセンティブが無い)ことでもある。その場合、経済波及効果の広がりは、限定されることは自明となる。
見過ごされがちな家計迂回効果
もう一つ。観光による経済波及効果において見過ごされがちなのが、従業員の給与を経由した波及効果である。従業員がもらった給与の一部を域内での消費に回すことで発生するもので、家計迂回効果と呼ばれるものである。
一般的に売上高に対するB2B取引が占める比率は6割程度、これに対しB2Eとなる人件費の比率は3-4割程度。国レベルの経済波及効果では、B2Bの一次効果は16.6兆円であるのに対し、B2Cとなる家計迂回効果(二次効果)は10.1兆円となっており、そのインパクトは大きい。
家計迂回効果を地域が獲得するには、就業者が取得した給与が域内での消費に繋がることが必要となる。これには3つの要件が必要となる。
- 就業者が域内に居住する。または、生活圏が域内にある。
- 就業者が付加的な消費を行えるだけの所得を得ることができる。
- 就業者が消費したいサービスが域内にある。
ある意味、当たり前に見えることだが、実際のところ、難しい部分も多い。
まず、域内居住であるが、ここ数年、人手不足が顕在化しており域内で人材を確保することが難しくなっている。そのため、派遣など外部の人材派遣や、留学生を含む外国人、アルバイト/パートなど間接的、一時的な雇用への依存が高くなる。また、仮に人手が確保できたとしても、それらの人材が「住みたい」と思うような住宅がなければ域内居住は進まない。
もともと、地方創生の文脈でいえば観光振興によって就職先を作り、定住を進めようという狙いもあったが、それが成立しなくなっているのが実情である。
さらに、観光によって居住者が増えたとしても、宿泊業や飲食業の労働生産性は低いため、付加的な消費はなかなか広がらない。もちろん、人口が増えれば、一定の消費は生まれるが、ネット通販も普及している現在、生活必需品(いわゆる最寄り品)だけでは経済を回すエンジンとはなりにくいからだ。
事業者の取り組みによって、就業者の給与が伸びたとしても、その収入を使って楽しみたいと思うようなサービスが域内になければ、就業者は域外に出かけていって消費することになる。
雇用が生まれるから、地域振興に繋がる…という訳では無いということも意識しておくべきだろう。
サービス経済時代の地域づくりを
以上、見てきたように観光は、地域で消費が起きれば、そのまま地域振興に繋がる訳ではない。
観光消費から経済効果を紡ぎだし、地域振興に繋げていくには、宿泊施設や飲食施設とそれを支えるサービス事業者をセットで育てていくことが重要となる。このことは、観光による地域振興を実現するには、2つの課題があることを示している。
- 観光による地域振興効果はいきなりは得られず、中長期的な時間軸が必要であること
- 地域振興効果を十分に獲得するには、産業政策だけでなく住宅、福祉、教育など各種の政策を連携させていくことが必要であること
日本は、製造業によって高度成長を実現したが、現在は、モノではなくサービスが経済を動かすようになっている。サービスで稼ぐためには、観光施設だけを持って来れば良いのではなく、それに対応した体質に改善していくことが必要だということを意識しておく必要があるだろう。
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