観光振興の世界にいると、よく言われることがある。
それは「◯◯の対応が悪かったから、観光市場が減った(伸び悩んでいる)」といったものである。

この◯◯には、具体的に地域名や施設名、または、事業者名が入る。

例えば、2000年代はじめには、大手旅行会社がそのやり玉に上がっていた。

実際、2000年代はじめは、市場規模が右肩下がりで下がっていたし、観光行動も団体から個人へと変化していた。その変化の影響を強く受けていたのは旅行会社であったのは確かだが、こうした「行動変化」と「市場規模」には、そもそも別の事象である。そもそも、観光客の行動が団体から個人に変化するだけなら、市場規模は減らない。市場が減るのは、人々が旅行に出なくなったからだ。

人々が旅行に出なくなった理由は、経済的な要因だ。端的に言えば、収入が減ったからである。90年代後半以降、減少傾向にあった国内市場が下げ止まったのも、経済的な要因である。収入の減少傾向が止まったからだ。

論より証拠。給与水準は、宿泊観光旅行市場の規模と密接な関係を持っている。

給与額(国税庁)・消費者物価指数・宿泊旅行実施回数・国勢調査人口より筆者作成

当然ながら、観光地(施設)は、人々の給与水準をいじることはできないから、生まれた需要の中から、市場を獲得するしか無い。端的に言えばシェア争いということになる。

さて、順調に伸びてきていたインバウンド市場が失速気味である。これについては、以前も、注意が必要と指摘したが、いよいよ、停滞傾向が顕著なものとなってきている。

移動年計ベースでみると、昨年の春先以降、ほぼフラットで推移している。昨年後半から、やや増加しているとはいえ、頭が抑えられている状況にある。

こういう状況になると「犯人探し」が行われることになるが、前述のように、全体の市場規模自体は、供給側の要因によって左右されるわけではなく、需要側の「財布」を主因に形成されるものであるから、基本的に供給側、すなわち、日本の地域や事業者を犯人としても、意味がない。

その構造は、人数推移と消費額推移を重ね合わせてみると、よりはっきりと分かる。

まず、消費額推移を見てみると、2014年から2015年までぐっと上昇したものの、その後は、横ばい傾向が続いている。

訪日外国人旅行消費額の推移(四半期移動年計ベース)

これを人数(訪日外国人人数)と重ね合わせてみる(プロット図に起こす)と、以下のようになる。

これをみると、訪日客数が2,000万人を超えた頃(概ね2015年末)から、総消費額は伸び悩んでいることがわかる。
単純に、この図を見れば、2,000万人を超えた時点で、消費についてはある種の限界値を迎えていたということが見て取れる。それでも、その後、訪日客数が増えていたのは、訪日のハードルを下げ、より低価格でも来訪できるようになったからだと考えるのが妥当だろう。実際、2015年以降、低所得者層が増大するようになっている。

いかに東アジアでの経済発展が続いているとはいえ、3年余り(訪日客数が2,000万人となった2016年から、3,000万人となった2018年)で1.5倍に国際旅客が増えるほどではない。この人数増は、市場拡大や日本のシェア率アップだけでなく、より低所得者層にもリーチした結果であったといえる。

低所得者層にも市場を広げるということは、人数獲得において有効な取り組みであるが、それは基本的に消費額とはトレードオフの関係になる。仮に人数を増やし、単価も落とさないというのであれば、一つの国や地域から来訪者を増やそうとするのではなく、同じレベルの所得層の人を多くの国や地域から招き入れようと考える必要がある。

ただ、当然ながら、この路線を選択した場合、急激な人数増は見込めない。
なぜなら、経済発展によって全体的に所得が増大したとしても、同じ所得階層の人々の増加量(下図で言えば左方向)よりも、より低所得者層に広げた場合の人数増加(下図で言えば斜め左下方向)の方がはるかに大きいからだ。

また、同じ所得階層に属する人数が増大するというのは、経済成長を前提としている(上図で言えば2003年の赤い線から、2013年の青い線へのシフト)。現在は、東アジアを中心に経済成長しているものの、これにブレーキがかかれば、当該所得の人数は減ることになる。他方、低所得者層は、経済成長によっても増える(より低所得な人々の所得があがる)が、経済が不調になっても規模を維持する(より高所得な人々が落ちてくる)ことが期待できるからだ。

こうした事を考えれば、訪日客数や消費額が伸び悩んでいるのは、これまで、より低所得者層にもリーチすることで、経済要因による市場拡大のペースを上回る勢いで集客数を増やしてきたが、経済成長に陰りがでて、かつ、低所得者層へのリーチも限界が出てきた事によって、踊り場にきていると考えるのが適切だろう。

これは、供給側である地域と取り組みとは関係ない。地域の取組は、地方創生が始まった2015年頃から継続的に行われていることを考えれば、曲がりなりにも市場拡大が続いていた2018年までのトレンドに対して矛盾をきたすことにもなる。

地域が、資源性を鑑みずプロモーションに現をぬかしたり、デジタルに費用を使いすぎることは適切ではないかもしれない。ただ、適切でない取り組みを地域が行ったとしても、それは、その地域が客数を落とすことにつながっても、全体の市場規模を落とすとは考えにくい。

にもかかわらず、市場減退期になると犯人探しが起きるのは、市場が増えている時に、その理由を供給側の取り組みを指摘してしまうためだろう。

「犯人探し」は、古い構造をかえるきっかけになる時もあるので(少々、ロジック的に難があったとしても)完全には否定はしない。ただ、間違った「犯人探し」は、処方箋を誤り、かえって問題を悪化させることもある。

本来、市場の停滞期こそ、需要側への支え、需要喚起策が必要となる。にもかかわらず、2000年代のように供給側にその責任を持っていってしまうことは、むしろ状況を悪化させることになるのではないだろうか。

慎重に市場動向を見極めつつ、適切な処方箋について幅広く議論していくことが必要な時期にきているように感じている。

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