日本の観光領域において21世紀初頭に概念が広まり、その後、その概念に「悩まされ」続けているものの一つに「着地型旅行商品」というものがある。
今回は、この「着地型旅行商品」を取り上げてみよう。
「観光地」の拡大と体験プログラム
着地型旅行商品は、「着地」で造成される「旅行」「商品」である。
この源流は、90年代に勃興してきたオルタナティブ・ツーリズム、具体的にはエコ・ツーリズムやグリーン・ツーリズムに求めることができる。
ジャンボジェットと経済成長が切り開いた世界的なマス・ツーリズムの動きは90年代に入ると、オルタナティブ・ツーリズム、(マスではない)「代替」観光需要を生み出して行く。観光需要の過半数がノベルティ・シーカー、すなわち、新しく変わったものを見たい/体験したいという需要であることを考えれば、旅行実施者が拡大し、旅行経験が積み重なっていけば、旅行先が多様化して行くことは「ほぼ必然」である。
こうした動きの中で旅行先は、いわゆる観光地やリゾート地から、ほぼ全ての地域へと広がって行くことになる。
ただ、そうした「非・観光地」は、そこに行くだけで観光的な需要を満たせられるようなわかりやすい資源があるわけではない。そこを楽しむには、その楽しみ方を教えてくれる「ガイド役」が重要となる。
そうやって登場してきた概念の一つが「インタープリテーション」である。専門的な知識を、楽しく伝えるインタープリテーションは、ガイドが提供するプログラムをエンターテイメントに引き上げ、雑木林や農村、まちなかを「観光地」へと転化させる一助となった。
着地型旅行商品への政策支援
国交省は、こうした状況を受け2005年には観光ルネサンス補助制度を作り、現在のDMOの原型とも言えるATA(エリア・ツーリズム・エージェンシー)を創設し、「着地」で「旅行」を「商品」化して提供する仕組みづくりの支援に入っていく。
さらに2007年には、ニューツーリズムという概念を提唱し、同時に、第3種旅行業でも隣接市町村内で完結する旅行であれば主催することができるという特例を設け、着地型旅行商品の流通体制を構築することでATAなどが行うオルタナティブ・ツーリズムの取り組みを支援するようになる。
そして、2008年。観光庁の創設と同時に「観光圏整備事業」が動き出す。温泉地や都市など、既に宿泊施設が集積している地域(滞在促進地区)を中心に、周辺地域と連携することで、2泊3日程度の滞在を実現していこうという取り組みであった。そして、この「滞在」を呼び込むコンテンツとして注目されていたのも、着地型旅行商品であり、観光圏内の宿泊施設では簡単な研修を受けることで、着地型旅行商品の販売もできるようになった。
観光圏は2012年に基本方針が変更となり、それまでの行政主体の枠組みから、民間主体となる。ここで、観光ルネサンス補助事業のATAが「観光地域づくりプラットフォーム」として再設定される。そのミッションは多岐に渡るが、その法人には旅行業登録が推奨されるなど、着地型旅行商品の造成販売を強く意識した構成であった。
2013年には、第3種旅行業の下に「地域限定旅行業」が創設され、着地型旅行商品の造成販売の「仕組み」は更に強化されることとなった。
さらに、2015年には「地方創生」や「明日の日本を支える観光ビジョン」の流れの中で日本版DMOが登場。日本版DMOは、当初、地方創生の流れであり、その活動原資は有期限の交付金であったこともあり、当初は「稼ぐこと」が強調され、その収入として着地型旅行商品の造成販売が期待されていた。
「売れない」理由は何か
このように10数年に渡り、我が国では普及させていくべき活動として「着地型旅行商品」が語られ、それを生み出す組織(ATA、観光地域づくりプラットフォーム、日本版DMO…)や流通体制(ニューツーリズムデータベース、第3種旅行業、地域限定旅行業…)の整備、強化が取り組まれてきた。
ただ、「地域発観光プログラムの流通・販売(2015, 観光文化 224号)」によれば、依然として着地型旅行商品(観光プログラム)の62%は赤字状態にあり、収支トントンが18%、採算が取れているプログラムは19%に留まっている。インバウンドが増えてきているとはいえ、この構成は現在でも大きく変わっていないだろう。
供給側に対し、多様な取り組みを蓄積しながら、状況が変わらない現状を考えれば、原因は供給側ではなく需要側にあると考えるのが自然だろう。
着地型旅行商品を構成する「体験プログラム」は、冒頭で示したように、市場の成熟に伴い需要が高まるものである。その意味で、需要は存在するし、時間とともに増大していく。
しかしながら、その需要が「事業としての」商品の需要となるかどうかは、別の問題である。誰でも憧れる高級車があったとしても、それを誰でもが購入するわけではないことを考えれば、その違いはわかるだろう。
当然ながら、人は、自分の財布の範囲内でしか消費することはできない。
他方、着地型旅行商品を展開する法人にとって、スタッフの人件費や事務所費などは基本的に固定費であるから採算を取るには、一定以上の売上(単価×人数)を上げることが必要となる。
着地型旅行商品の「採算」を、そこで働くスタッフの年収から考えると、プログラム単価は万円を切ってくると厳しくなるという現実がある。スタッフが、給与所得平均者の年収である400万円を目指そうとすると、単価3,000円では1日平均20人の客を捌くことが求められるからだ。
実際の現場では、ガイドなどの年収は300万円を切り、200万円前後ということも少なくない。これは「売れない(=売上が低い)」ための対応だが、これでは定着率は低くなるし、スキルを上げていこうという動機も強まらない。さらに、そういう場合、売上に対する人件費率は50%とか60%とかになっており、プログラム提供に利用する機材や、WEBサイトやパンフレットといった宣伝広告の体制も不十分なものとなる。このダブルパンチによって、サービス品質は低下し、CSも低下、事業の持続性を低下させることに繋がる。
なぜ、売上が上がらないのか
なぜ、売上が上がらないのかといえば、需要側の年収によってレジャー費が決まってくるからだ。
世帯年収が913万円以上であれば、年間のレジャー費は20万円弱となり、数万円の旅行先アクティビティも現実的となる。しかしながら、平均年収以下となる439万円以下では、年間のレジャー費は5万円を切ってくるから、旅行先でのアクティビティ(着地型旅行商品)への支出は数千円が限度となる。
ここで問題なのは、所得はパレート分布しており、世帯年収900万円以上は全世帯の15%にすぎず、500万円以下が57%を占めているということだ。
この世帯年収データと、年収別レジャー費を重ね合わせ、簡易的に旅行先アクティビティ市場の構成を図として示すと以下のようになる。
この簡易推計を元にすると、全体の15%でしかない世帯年収900万円以上の世帯が金額シェアの32%を占め、全体の43%となる世帯年収500万以上で、金額シェアの64%を占めることになる。
前述のように900万円以上世帯が対象であれば、数万円レベルのプログラム販売が可能であり、採算ラインを超えていくことも現実的である。ただ、この世帯層は全体の15%しかいない。500-900万円世帯も、うまく需要をまとめることができれば採算ラインを超えることが可能と考えられるが、ここまで広げても人数シェアは43%にすぎない。他方、500万円以下世帯は57%に達するが、金額シェアは36%でしかなく、単価も抑えられることになるため、単体で採算を得ることは難しい。
つまり、採算という視点で見れば、所得上位世帯を顧客とする(顧客とできる)プログラムに限定されることになる。この原則は市場が海外(インバウンド)に広がったとしても変わらない。
このことは「どこでも着地型旅行商品は成立するわけではない」ということを示している。
これに対し「政策」は、過去の政策が示すように、一部の地域だけを対象とするのではなく、(取り組みたいという)広範な地域を対象とするし、取り組みを促すことになる。
つまり、需給関係では「一部の地域でしか成立しない」ものを、政策で「幅広い地域に広げる」ということに構造的な矛盾がある。これが、「着地型旅行商品が売れない」根本的な理由である。
そして、これは、生産性向上と格差解消の矛盾と同じ構造でもある。
採算だけが全てではない
ただ、着地型旅行商品は、必ずしも採算が取れなくても良いという考え方もある。冒頭で述べたように、体験プログラムがあるから、地域への来訪動機を喚起できるという効果も期待できるからだ。体験プログラムを目的に来訪したことが、宿泊や飲食などの需要創造に繋がるのであれば、必ずしも独立採算であることは求められない。
例えば、「まちあるき」は、中高年を主体とした国内旅行需要との相性もよく、まちあるきガイド組織がしっかりとした地域には旅行会社もツアーを組み立てやすい。こうした集客効果が見込めるのであれば、収支については、プログラム単体ではなく、より幅広い視野で検討することは可能である。
また、体験プログラムの企画や提供に地域の人々が取り組むことで、地域住民と観光客とのコミュニケーションが強化され、相互理解が進むという側面もあるだろう。これは、外部事業者にありがちな、いい加減な文化や風習、歴史を広めてしまうことの抑制にもなる。こうした場合も、必ずしもプログラム単体での収支にこだわる必要はないだろう。
ただ、そういう場合、赤字となる部分を誰がどのように負担するのかという点について、地域でしっかりとコンセンサスを得ておく必要がある。宿泊税などの導入は、こうした場合の解決策ともなるだろう。
反対にやってはならないのは、安直に外部からの補助金に依存したり、ガイドの待遇を抑え込んだりすることである。いずれも、持続性に乏しいことを考えれば当然だろう。
シェアアリング・エコノミーとの繋がり
着地型旅行商品について考える場合、世界的に大きな波がきているということも念頭に置いておくことが必要だろう。
旅行の流通がOTAに、ほぼシフトしたことに異論はないだろうが、その結果、OTAも必然的に止まることのないオルタナティブ・ツーリズムへの対応を余儀なくされている。今や、ホテルや航空券を手配できるだけなら、どこでも「同じ」状況だからだ。
そこで、OTAは、着地型旅行商品に相当する活動を旅ナカ/Travel Activitiesとして、その対応を進めるようになってきている。
こうした動きは、「着地型」という概念自体を変えていくものであるが、顧客とサービスがいかようにでも繋がることができるというネットならではの動きでもある。
天候やガイド力に大きく左右されるため、体験プログラムの「在庫管理」は、ホテル客室より数段難しいが、地域ではOTA流通への対応力を高めていくことが必要となっていくだろう。
さらに、ネットの進展は、着地でのサービスのあり方も変えていく可能性を持っている。例えば、Airbnbでは、家のシェアリングに止まらず、ホストとの体験のシェアリングに領域を拡大している。これも、旅ナカ(Travel Activitires)への対応という潮流に乗ったものであるが、商品ではなく、体験シェアリングとすることで、採算ラインは大きく変わってくる。個人レベルであれば、数千円のガイド料でも十分、「美味しい」追加収入となるからだ。
今後の着地型旅行商品
こうした状況を踏まえると、観光振興に取り組む以上、着地型旅行商品への対応は進めていくことが必要だが、単純に取り組みを行うだけでは、その多くが赤字となり持続性を産まないということになる。
この対応策は、基本的に、ターゲットに応じた対応を行うということに集約されるだろう。端的に言えば、単価の高い顧客には高度にカスタマイズした体験を提供し、中程度単価の顧客にはレディーメイドで量を稼ぐというやり方だ。中程度単価では、コスト削減が重要となるからAI連動ができるOTAと連携したり、別府で誕生し全国に広がったオンパクのようなプラットフォーム化の取り組みが重要となる。一方、単価の低い顧客には対応をしないことが採算面では有効である。しかしながら、何らかの理由により敢えて取り組む場合には、赤字対策の仕組みを入れ込んだり、シェアリングエコノミーへ展開させたりといった対応が求められる。
地域単位で、対象セグメントを定めても良いだろうし、一つの地域がプログラム内容を変えながら複数セグメントに対応することも考えられる。例えば、トップブランドのホテルが立地している地域では、多様なプログラムの多くをアッパー層向けにアレンジすれば、相乗効果が期待できるだろう。また、特定の活動が注目されている場合には、同じ活動の中で、松竹梅のようにプログラムを垂直方向に重層化し、顧客の財布に合わせてセレクトできるようにすることで、その活動を際立たせることができるだろう。
何れにしても重要なことは、単価とサービス品質との対応をきっちりととっていくことである。
数千円のプログラムに、高度なカスタマイズを行えば、当然、CSは高まる。しかしながら、その「赤字」は(体験シェアリングで無ければ)埋めることはできず持続性を低下させるし、その後、単価をあげようとしても上げることができなくなってしまうからだ。
かつて、マクドナルドがハンバーガーを65円にまで下げ、一時的には注目されたものの、その後、しばらく低価格路線から脱却できずに苦しんだことや、共同購入で安くなることを唄ったクーポン利用による集客が、持続的な店舗の売上向上には繋がらなかったことは、その好例だろう。
最後に
「経験」は、観光地ブランドの核であり、着地型旅行商品/体験プログラムは、その幹となるものである。
地域行政/DMOにおいては、地域のブランディングの視点から、どういった体験、経験を創造し、演出していくのかということを自ら考え、自地域に適した着地型旅行商品/体験プログラムの造成流通を行なっていくことが重要である。